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1-7

 ミチルもドラゴンを追い地面に向かって下降する。ドラゴンは地面に着地した瞬間、まだ空中にいるミチルめがけて小さな氷のつぶてを吐き出した。

 飛んできたつぶてを涼しい顔でなぎ払ったミチルは、そのまま片手で斬撃を繰り出す。ミチルの攻撃をまたも正面から受けたドラゴンが悲痛な叫びを上げた。
 光一はSF映画のようなその光景に目を輝かせ、興奮した様子でミチルに話しかけた。

「うぉぉすげー! ミチル強かったんやな!」
「そんな大したことじゃないよ」

 平然とした態度のミチルは光一の言葉に反応しながら、ドラゴンに息をつく暇も与えず続けて二、三度剣を振り下ろした。その刃は確実にドラゴンにダメージを与え、背中に生えていた翼をばっさりと切り落とした。

 なにもそこまでしなくても、と光一は内心思ったのだが、ミチルの迫力に されなにも言えなかった。
 ミチルがくるりと向き直り、光一の元へ戻った。

「これが私の魔具、《双剣オロチ》。魔力の属性は水だ」

 光一は目の前のオロチを凝視する。ミチルの両手に輝く二本の剣は、光一の大剣と比べるとはるかに小ぶりだ。全体で二十センチにも満たないナイフのような形状で、剣先はしなやかなカーブを描いている。持ち手から刃にかけて 浅葱 あさぎ 色のシンプルな装飾が施されていて、光一の大剣とは全く違う繊細な魅力を放っていた。その控えめで美しい見た目からは、巨大なドラゴンを仕留めるほどの攻撃が繰り出されるなど想像もつかなかった。

 するとミチルは、今度はその双剣を手から離した。両手からこぼれた二本の剣は重力に従い地面へと吸い寄せられていく。光一が不思議そうに見ていたが、次の瞬間息をのんだ。

 双剣は地面に着くことなく空中で細かい光の粒子となったのち、ふたつのリングへと姿を変えたのだ。リングは主人の元へ戻る従者の如く、ミチルの両中指にするりとはまった。
 光一はまたも感嘆の声を上げる。

「なんやそれかっけー! その指輪が武器だったんか!」
「常にそのまま持ち歩いていたら邪魔でしょう、それこそ君の大剣とか。あとでネックレスにでもしてあげるよ。……まずは鏡界に向かおうか。このドラゴンは報告のため連れ帰る」

 淡々と言い終えると、ミチルは空を仰ぎ両手を広げた。今度はなにをするのかと興味深々の光一をよそに、真剣なまなざしで叫ぶ。

「鏡界、副管理人の名をもって呼び出しを命じる! 《 狭間の扉 グレンヴェル・パス 》!」

 ミチルの声に合わせ、ゆっくりと雲が動いた。地響きのような振動が身体の芯に伝わる。ミチルを中心に空が割れ、渦巻いた雲の中から黒い物体が出てくるのが見えた。

 その物体は徐々に形を現し、光一はやがてそれが巨大な扉だということに気付く。 荘厳 そうごん な雰囲気をまとったその扉は、遠くに見える山々よりも高いのではないかと思われた。

 特に凝った装飾はついておらず、シンプルな長方形に銀色のノブがついているだけ。全体は青暗く鏡のようになっていた。扉の表面に自分達たちの姿が映し出される。これで異世界に行けるのか、と光一は不思議な緊張感に包まれ、ごくりと喉の奥を鳴らした。

「これが鏡界へ行くための扉だ。移動時は揺れるから、酔わないように気を付けろよ」
「お、おぅ!」

 光一が気合を入れると、ミチルがノブに手をかける。しかし、その瞬間二人を包み込むように辺り一面に影がさした。
 ミチルが顔色を変えて後ろを振り向く。

 なんとたった今倒したはずのドラゴンが、傷を回復させ再び立ち上がっていたのだ。切り落とした翼まで綺麗によみがえっている。何故、という疑問で光一とミチルの思考は一瞬停止した。

 ドラゴンの頭上に、小さな氷の粒が集まっていく。無数の氷の粒は次第にひとつにまとまり、大きな刃を形づくった。光一は背筋が凍るような感覚に襲われ、必死に思考を巡らせた。ミチルに向かって叫ぶ。

「おい、攻撃来るで!」

 ミチルがはっとした時には、すでに氷の刃はドラゴンの元を離れ二人の眼前まできていた。見開かれたミチルの両目に、日の光を受けて乱反射した氷の粒が映し出される。
 反射的に双剣を出したミチルが攻撃を受け止めるが、衝撃が大きく力負けしてしまう。数メートル後ろに押し出されたミチルは顔を歪ませた。

「そんなバカな……攻撃に特化した氷属性のドラゴンに、自己再生能力なんてあるはずが……っ!」

 ドラゴンは先ほどのお返しだとでもいうように、間髪入れず次の一撃を繰り出す準備を整える。その機敏な動きは先ほどとまるで違っていて、ギラギラと見開かれた瞳は鎖を解かれた狂犬のようだった。

 ミチルは舌打ちをし、双剣を交差させ氷の刃を弾き飛ばす。一歩下がると、右手に持った方の剣を横に振るった。

「《シャム・フルート》!」

 ミチルが叫んだ途端、振り払った剣から無数の泡が放出する。泡のひとつひとつが、ドラゴンに当たる度大きな音を立てて弾け飛んだ。ドラゴンは混乱状態に陥り、その隙にミチルはその場を飛びのき光一の元へ着いた。
 ミチルは剣を降ろすと、光一の大剣に視線を移す。

「光一、やはり私の武器では相性が悪い。君の魔具を使おう」
「オ、オレの?」
「君の魔具は《大剣カグツチ》。魔力の属性はさっき見た通り、燃え盛る炎だ」

 光一は先ほど自分が出した攻撃を思い返した。たしかに炎が出ていた気がするが、熱さは全く感じなかった。魔力とはそういう都合のいいものなのだろうか。

 しかし、この剣は先ほどから比べて重量がかなり増した気がする。確かに大きさのせいもあり片手では振れないが、今は両手で支えても持ち上げるのがやっとだ。ドラゴンと戦った時はもう少し軽く振り回せたはずなのだが。
 ミチルは光一の思考を読んだかのように、試すような口調で光一に話した。

「さっきとは違って扱いにくいだろう? それは今、君自身に魔力が込もっていないからだよ。魔具は持つ人の魔力によって動く。そしてその魔力は……人の心から生まれる」
「心? 具体的にはどーすりゃええねん」

 ミチルは左手の剣をリングに戻し、残った一本の剣を両手で構えた。光一はミチルが戦い方を教えようとしてくれているのだと理解し、おとなしく次の言葉を待った。

「魔力とは様々な《人の感情》を具現化したものだ。心がなにかを強く思うほど、魔力も強くなる。君はさっき、友達を助けるために必死で剣を振っただろう? だから魔力が生まれたんだ」
「なるほど……」

 たしかに、先ほど剣を振った時は「ドラゴンを倒したい」という強い想いがあった。ミチルは腰を落とし続ける。

「つまり込めるのは力じゃない、心だ。さっきと同じように、目の前のこいつを倒したいと強く願え」

 ミチルの声を聞きながら、光一は見よう見まねで同じ体制をとった。静かに息を吐き、真っ暗な視界で剣にのみ集中する。

 ドラゴンを倒したい。目の前にいる、唯一の友人を助けたい。
 そんな単純な思いが光一の中で渦巻き、熱いなにかに変わっていく。
 剣を両手で強く握りしめ、さらに強く願う。

 もしもこれが、ファンタジーな夢だったとしても構わない。
 強くなりたい。逃げたくない。
 光一は大切な人を守れる強さが欲しかった。

 全てを包み込むほどの、暖かくて明るい太陽のような強さが。

「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!!」

 込めるのは力じゃない。剣を握る力を少し緩め、光一は目を開いた。宙に向け、スゥ、と軽く大剣を振り上げた。

 瞬間、腕を巡る血液が熱くなったような感覚が光一の脳を刺激した。まるで、血液とは違う別のなにかが血管内を激しく流れていくような感覚だ。しかし不思議と、不快ではない。光一はそのまま、湧き上がる思いを剣に乗せ続けた。



 ミチルは、光一を見て息をのむ。コツを教えたからといって、ただの人間にここまでの魔力が出せるものだろうか。光一の両腕から、魔力となった感情の塊が次々と溢れ出る。炎をかたちどった魔力は、辺りに漏れ出して踊り狂う。

 武器にのせるどころの話ではない。光一が放出した魔力は、辺り一面を燃やし尽くす勢いで膨れ上がっていた。どう考えてもこの魔力量は異常だ、とミチルは 驚愕 きょうがく する。

「も、もういい光一! 武器にのるだけの魔力があれば十分だ!」
「ん、今コレ魔力出とんの?」

 ミチルの驚いた表情を見て、光一は首をかしげる。どうやら自分では、膨大な魔力を放出しているという自覚はないようだ。ミチルは驚きを通り越し呆れた笑みを貼り付けた。

 光一がドラゴンの様子を確認すると、やっとミチルの攻撃から抜け出したらしく態勢を整えていた。ドラゴンは光一に照準を合わせ、再び巨大な氷の刃を生成し始める。ミチルの指示を待つ光一は焦った様子で叫んだ。

「ミチル、次はどないすんねん!」
「あ、あぁすまない、そこまで出来たらあとは簡単だ」

 光一の声を聞き、ミチルは我に返ったように慌てて返す。そのまま言葉を続けようとしたのだが、自分の身長よりも高い大剣を握りしめた光一を目の前に、ふとおかしな感情が込み上げてきた。

(冷静になって考えてみろ。たった十四歳のこんな少年に世界を託すだなんて、全く馬鹿げた話だ。……でも)

 ミチルは目の前にいる少年の、まだあどけなさの残る顔を見つめた。そう高くない身長だって、これから伸びていくのだろう。下手をすれば自分よりも多く魔力を放出する彼は、まだどうしようもないほど子どもだった。

 けれど、この少年には自分にはない、何かを変える《力》がきっとある。具体性も根拠もないが、何故かミチルをそう信じさせた。

 ふ、と柔らかい笑みがミチルの表情にこぼれる。光一を見据え、ドラゴンを指さす。

(イリア様。彼が希望の光だというのは、きっと本当なのでしょうね)

 光一はドラゴンに向かいまっすぐ剣を構える。ミチルと目が合うと、二ヤリとやんちゃな笑みを浮かべた。
 ミチルは視線をドラゴンに移し、凛とした声で言い放つ。

「想いを込めて、全力で振り下ろせ!」
「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!」

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