2-8
「このドラゴンが暴れたに違いない、王子を助けるぞ!」
「《ドラゴン使い》が逆襲に来たんだ!」
誰からともなく、次々と発せられるのは心ない言葉ばかりだった。四方八方から降ってくる無責任な発言に、光一は苛立ちを覚える。
「なッ……何好き勝手抜かしとんねん! ニーナはむしろここを護ってくれたんやぞ!」
必死に声を張り上げる光一だが、さすがにこの人数相手ではかき消されてしまう。
ケントがそっと光一に耳打ちした。
「……王族の護衛を降ろされたのは、《ドラゴン使い》が良からぬことを企てていたからではないかという噂が町中に流れているんだ。どこから噂が広まったのかは知らんが、こいつらには何を言っても無駄だ」
「お前……んな他人事みたいに! ならなおさら、お前がちゃんと説明せなアカンやろ! 《ドラゴン使い》の印象が悪なったん誰のせいやねん! お前ちゃうんか!」
ケントと光一が言い争っているのを見て、前線にいるリーダー格らしき街人が光一に向かって怒鳴りつけた。
「なんだ貴様、《ドラゴン使い》の仲間か!? いい加減にしろ、これ以上ドラゴンなんかに好き勝手されてたまるか!」
光一が言葉を返そうとするが、ニーナに肩を掴まれ制された。振り向くと、険しい顔のニーナがきゅっと唇を引き締めていた。光一が何も言えないでいると、ニーナが口を開く。
「光一、いいから。このままアタシが街から出て行けばいい話なんだから、光一まで巻き込まれることないよ」
「アホか! なんでニーナが出て行かなあかんねん!? 少なくともここに集まってきとる奴らなんかより、お前の方が何倍もこの街のこと護ろうとしとったんやないんか!!」
その言葉を受け、ニーナは目を見開いた。光一はその勢いのまま続ける。
「なんも知らん奴らにこない好き勝手言われて悔しないんか!? 《ドラゴン使い》はすごい一族なんやろ!? 誤解されたままでほんまにええんか!?」
「……そんなのっ……いいわけないよ! いいわけないけど……でも……」
「なんで護ろうと思っとったモンに文句言われなあかんねん! そんなん絶対おかしいやろ!」
ニーナは強く握り締めた拳を震わせる。クルスを隠そうとしないのは、彼女なりの意地なのだろう。
《ドラゴン使い》であることを隠しコソコソとこの場から逃げるより、《ドラゴン使い》として民衆の言葉を受け止めたほうがよっぽどマシだ。自分の一族のことを誇らしげに話していた彼女は、おそらくそう考えたのだろう。
声を震わすニーナの目は潤んでいた。クルスがおろおろと、心配そうにニーナの様子を伺う。
後ろで黙っていたケントが、僅かに口角を上げた。
「ふっ……その通りだよなぁ……」
独り言のように呟いたケントは、赤いマントを翻し光一の前に立った。怪訝な表情を浮かべる光一に見向きもせず、凛とした態度で歩を進める。
「王子!」
「ご無事でしたか、早くこちらへ!」
民衆の興味がニーナからケントに動いたようで、飛んできた
「静まれ!!」
ぴたり、と辺りの時が止まる。皆一様に目を瞬かせ、唖然とケントを見つめた。後ろの光一とニーナも、何が起こったのかと黙ってケントの背中を見ることしか出来なかった。
突如訪れた静寂の中、ケントはただ一人、堂々とした態度で民衆の視線を浴びていた。
「この二人はドラゴンの襲撃から街を護ってくれた勇敢な戦士だ。憶測を慎み、言葉は選んでいただきたい。更に言えば本日よりこの者達は王族直属の護衛部隊に配属される故、申し立てのある者は国王に直接掛けあってもらおうか」
そう言い切ったケントは、ぐるりと民衆一人一人の顔を見回す。目が合った人々は急激に顔を青ざめさせ、萎縮した様子で目を逸らした。次第に困惑の声でざわめき始める周囲に対し、ケントは追い打ちをかけるように硬い声で言い放った。
「この中で何か異議のあるものはいるか? なんなら今すぐ国王に面会の許可を取ってくるぞ」
ケントの言葉の後に、声を発する者はいなかった。その場にいた民衆たちはきまり悪そうに一礼し、軽い挨拶だけ述べて広場から出て行った。あっという間に三人だけになった広場を見渡し、光一が声を漏らす。
「おぉ……王子つえぇ……」
ケントは恥ずかしさからなのか、勢い良く振り向くといつも通りの荒い口調で返した。
「うるせーよ! そもそもお前がここら一帯焼け野原にしたおかげでこんな騒ぎになったんだろうがこのバカ剣士!」
「んなッ……すぐ砕けるようなショッボイ氷作った奴がおるからオレがトドメさしたんやろ! カッコつけて登場しといて油断すんなやヘタレ王子!」
つい数秒前までの緊張感は消え失せ、光一とケントは口喧嘩を始めた。ニーナはぽかんと口を開け、その様子を眺める。
「ほぉー? 俺が来た時はあんな雑魚ドラゴンにやられそうになってたように見えたが、あれは見間違いか?」
「は、当たり前や! お前なんか
「いや、なんだよそれ!」
「……ぷっ」
言い争う二人の後ろで、僅かに息が漏れる。光一とケントが同時に振り向くと、そこにはお腹を抱えるニーナがいた。
「ちょっと、やめてよ二人とも! アハハハッ!」
今まで堪えていたようで、ニーナは一気に笑いを爆発させた。目に涙を溜め、息も絶え絶えに続ける。
「さっきからずっとガマンしてきたけど、もうムリ! 二人とも、面白すぎるよ! アハハハハッ!」
軽快に笑い飛ばすニーナを見て、二人はふてくされたような表情を浮かべた。
ニーナの笑いが収まったのを確認すると、ケントは気まずそうな顔をしたあと、おずおずと口を開いた。
「あの……さ、ニーナ、俺……」
ニーナは目の縁に溜まった涙を拭くと、今まで見たことないほどの晴れやかな笑顔をケントに向けた。
「もういいよ!」
ニーナは一度大きく息を吸い込むと、光の宿った瞳で真っ直ぐにケントを見据えた。そして笑顔を解き、真剣な表情になると突然ぺこりと頭を下げた。ケントは何が起こったのか分からず狼狽える。
「今までごめん。ケントは、アタシ達の一族を護ろうとしてくれてたんだよね。何も分かってなかったのに、勝手なこと言ってごめんなさい」
「い、いや、俺こそ勝手な判断で……正直王族の護衛から外すことでそこまで《ドラゴン使い》の一族を追い詰めることになるとは思っていなかったんだ。浅はかだった。……ごめん」
ニーナの言葉に驚きつつ、反射的にケントも謝罪の言葉を口にする。慌てた様子のケントとは対照的に、ニーナは落ち着いた様子だった。
「ふふ、じゃあお互い様ってことで。……ところでさっきの言葉、その場しのぎの嘘ってわけじゃないんだよね? 『王族直属の護衛部隊』ってやつ」
「それは……! ダメだ、今後は更にドラゴンと戦う危険性が増える。平和主義を貫く《ドラゴン使い》を、これ以上戦いに巻き込むわけには……」
「《ドラゴン使い》が貫いてるのは平和主義と、仕える者への忠誠心だよ」
そう言い切る彼女の瞳からは、光一と話していた時の迷いはすでに消えていた。
「どのみちこの街が滅んだらアタシ達も終わり。どうせなら最後まで護らせてよ! もう失うものなんてないんだから!」
その言葉を聞き、しばし黙っていたケントは諦めたようにため息をついた。だが態度とは裏腹に、その表情には安堵の色が滲んでいた。
「……ったく、相変わらず無鉄砲な奴だな」
「ケントなんていっつも泣いてたくせに、すっかり王子らしくカッコつけちゃって」
「バッ……泣いてねぇよ!」
周りの空気が穏やかになる。木々を揺らす風の音が耳に心地よかった。
ニーナは光一に向き直り、明るい笑顔を見せる。
「光一、さっきは庇ってくれてありがとうね」
光一は突然自分へ向けられた言葉に驚き、気恥ずかしそうに目をそらした。
「別に。オレはあーゆう、思い込みで無責任なこと言う大人が嫌いなだけや」
「そうだね、思い込みは良くないよね」
ニーナが微笑み言葉を返すと、光一は腕を組み大げさに数回相槌を打ってみせた。
ケントが赤いマントを羽織り直し、広場の出口へと向かう。
「よし、遅くなったがとりあえず管理人の城に戻るか。父上には適当に話をつけておいたから、これでしばらくはグラスから離れても問題ない」
「そっか。ケントのリバーシが心配だし、なるべく急いで戻りたいね。もう夕方だけど……森の中に小屋があるから、暗くなったらそこで夜を明かそう」
「せやな。……なぁ、その前に」
話しながら歩き始めていたケントとニーナが、光一の言葉に振り返る。光一は、黄金に輝く自分の大剣を引きずり苦笑いを浮かべていた。
「これ、ネックレスに戻す方法教えてくれへん?」
ケントが、今度こそ心から呆れ返ったように深いため息をついた。横ではニーナがカラカラと声を上げて笑っていた。
こうして穏やかな雰囲気のまま、三人は広場をあとにした。向かうは《グラス・ミロワール》の出入り口となっている正門。目覚めない賢斗のため光の鱗を手に入れた光一達は、再び鏡界の管理人であるイリアの元へと向かった。
光一たちが広場を出たあと。無人になったと思われたその場にふたつの影が踏み入った。
「ダメじゃないですか〜、あっさりやられちゃってますよ。ドラゴンさん達」
魔女のようなつばの広い帽子を
「チッ、意外とやるなぁあのガキ共。……つーか《ドラゴン使い》がいるのは予想外だったぜ」
掠れた男性の声が言葉を返した。男は一九〇センチを超えるであろう長身で、顔全体を布で覆っているためやはり表情はわからなかった。
「まぁいいです。やっぱり私が仕留めます。その方が早いでしょう?」
男性は頭をき、少女の言葉を気だるげに聞き流していた。
「へーへー、黒魔女さんのお好きにして下さい。オレは一旦戻ってボスに報告してくるわ」
そう言うと、男はフッと姿を消した。その場に残された少女は、口角を上げ怪しげに微笑む。
「逃がしませんよ、緋山光一……。カナタ様の邪魔は、させません」
薄暗くなった誰もいない広場で、紫色の髪がゆらりと動いた。
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