2-7
辺りが、淡い青色の光に包まれた。光一は突然の光に、反射的に目を閉じる。数秒後、おそるおそる目を開けるとそこにあったのは巨大な氷塊だった。
一体が口から放ったビームもろとも、光一達を襲っていたドラゴン達は綺麗に氷漬けになっていた。恐ろしい形相でこちらに向かってきたドラゴンは、氷の中でそこだけ時が止まってしまったかのようにピタリと動きを止めていた。
突如現れた氷は広場の入り口から続いていたようで、その軌跡を目でたどると風に揺れる真っ赤なマントが見えた。地面に刺さった斧を引き抜き、茶髪の少年がこちらに顔を向ける。
「……悪い、遅くなった」
「「ケント!!」」
声を揃えた光一とニーナに苦笑いを向け、ケントは大きな斧を肩に抱えた。足元で凍りついた草を踏みしめ、ザクザクと音を立てながら二人の元へ向かう。
「おいポンコツ、お前光の剣士のリバーシとか言ってたよな? もっとまともに戦えねーのかこの役立たず」
「やかましい、光の剣士だのリバーシだのそんなん急に言われても知らんわ。まぁ、お前のおかげで助かったで。おおきに!」
「力が入りすぎなんだよ。もっと軽く振ったほうが魔力は出やすい」
光一の素直な態度に、ケントはフン、と鼻を鳴らす。しかしすぐに表情を引き締め、ニーナに向き直った。敵のドラゴンが動かなくなったのを確認したニーナは、クルスに話しかけ街に張った結界を解いていた。
ケントが遠慮がちに、ニーナに声をかけた。
「ありがとな、ニーナ。……ここを護ってくれて」
「……護るのがアタシの役目だからね」
ニーナはケントと目を合わせずに答えた。その隣ではクルスが、ケントを見て喉をゴロゴロと鳴らしている。猫が落ち着いている時に見せる仕草に似ていた。
光一が二人の様子を見ていると、ニーナと目が合った。ニーナは少しの間視線を地面に落としたあと、決心したようにケントに向き直った。
「あの、さ。ずっと、聞きたかったことがあるんだけど」
「……あぁ」
ケントが静かに応える。ニーナはわずかに震える拳を後ろに隠し、唇を噛んだ。少しの間を置き、ゆっくりと口を開く。
「どうして王族は、《ドラゴン使い》を護衛から外したの?」
ケントは眉間にシワを寄せ、ため息をついた。呆れた様子でニーナの言葉に返す。
「……それ、父上に提案したの俺なんだ」
「!?」
ニーナに明らかな動揺が見られた。ケントは声色を変えず、淡々と続ける。
「あの時期、巨大な闇ドラゴンが暴れまわってた噂があっただろ」
「う、うん……それまで誰も見たことがないくらい、すごく大きいドラゴンがいたって……」
ニーナが顔をしかめ、首をかしげた。ケントが更に続ける。
「父上は、そいつを討伐すると言い出したんだ。……《ドラゴン使い》を囮にしてな」
「……! そんな……っ!」
「王族としては、街に危険が及ぶ前に消したかったらしい。……だから俺は無理やり《ドラゴン使い》を護衛から外したんだ。まぁ、結局はその後光の剣士が封印してくれたらしいがな」
ニーナは言葉を失い、瞳を揺らした。ケントはニーナから目を逸し、再び口を開いた。
「……オレは嫌だったんだよ。王族なんかのためにお前らの一族が傷付くのは。たとえそれが最善じゃなかったとしても、とにかくお前らを戦いから引き離したかった」
「そんな……そんなの……アタシ達は、王族やこの街を護れることに誇りを感じてたんだよ! そんなの全然嬉しくないよ!!」
声を荒げて訴えるニーナに、ケントは言葉を返さずにいた。二人の間に、再び重い空気が流れ始める。しかし光一は白熱する二人をよそに、じっと自分の剣を見つめていた。
剣から炎を出した時の感覚がどうにもはっきりしない。先程もミチルに言われた通りやったはずなのだが、前回ほどの火力は出なかった。考え込みながら、光一はその場でなんとなく素振りを始めた。
ふいに、ドラゴンを閉じ込めていた氷にヒビが入ったのを発見した。ヒビは瞬く間に、ピキピキと広がっていく。ケントとニーナは未だに話し合いに夢中になっており、その様子には気付いていないようだった。
光一は大きく息を吸い込み、剣を構えると呼吸を止める。目を閉じ、ずっしりと感じる剣の重みから意識を遠ざけた。
「……ちゃうな、あん時はもっと軽かった」
ひとりごとを呟き、目を閉じたまま剣を振り上げる。ケントは「力が入りすぎだ」と言っていた。そこで光一は気付く。そもそもこの剣は普通の物質ではないのだ。重いから力を入れるのではなく、力を入れるから重く感じるのではないか。
剣を落とす覚悟で、両腕の力を抜いてみる。その瞬間、腕にかかっていた重みがふっと消えたような感覚に陥った。光一の口元にニヤリ、と笑みがこぼれる。
「なるほど、なんとなく分かったで」
振り上げた腕から、炎が上がる。炎は剣を包み込み、日が沈みかけた辺りの景色を明るく照らした。
ケントとニーナは話をやめ、驚いた様子で光一を見た。ケントが目を見開き、思わず声を発する。
「待て、なんだその魔力量……つーか今そんなことしたら……!」
集中する光一の耳にケントの声は届いておらず、光一は閉じていた目を開く。目の前にいたのは、氷から脱出し怒り狂った様子のドラゴン三体だった。
そのまま、感覚に身を任せ剣を振り下ろす。
「うおらぁぁぁぁッ!!」
振り下ろされた剣は待っていたとばかりに炎を増大させ、ドラゴンの体を一瞬にして消し飛ばす。ドラゴンの額に埋め込まれた黒い宝石が、音もなく砕け散り消滅した。叫び声も聞こえないほど、一瞬の出来事だった。
広場は炎に包まれ、ケントとニーナは呆気にとられた様子でその場に立ち尽くしていた。光一ただ一人が、満足気な笑みでその炎を見渡す。しかし、すぐにその笑みも曇り始めた。
「あ、やべ……炎の消し方わからん」
そう呟いたのとほぼ同時に、光一の頭上から大量の冷水が降り注いだ。何が起こったのか分からず、光一の心臓が跳ねる。
「おわっ、冷たっ!?」
「お前はバカか!? 街ひとつ焼きつくす気かこの不器用剣士! 加減ってモンがあんだろーが!!」
どうやらこの水はケントが魔法で出したものらしい。燃え盛っていた炎はしゅんしゅんと音を立て、黒い煙へと姿を変えた。器官が刺激され、思わずむせる光一にケントは精一杯の睨みを効かせた。
「げほっ、スマン、後のこと考えとらんかった!」
「……はぁ」
真顔で言い切る光一に文句を言う気も失ったらしく、ケントはため息を吐き出した。光一は気にする様子もなく、濡れた髪をぐしゃぐしゃとかき分けながらケントに笑いかけた。
「んで、お前らの話は終わったんか?」
その問いに、ケントは居心地悪そうに目を逸らす。後ろで見ていたニーナも黙って俯いていた。
光一の剣には再び重量が戻り、おもわず後ろによろめく。それと同時に、広場の奥からなにやら人だかりが出来ているのが見えた。不審に思った光一が指をさして問う。
「なんやアレ、祭りかなんかか? こっち向かってきとるけど……」
そんな呑気な言葉に、ケントは舌打ちで返した。魔具を腕の装飾品に戻し、ニーナを見やる。
「騒ぎを聞きつけて野次馬共が来たんだろう。ニーナ、クルスは隠した方がいい」
明らかにその声はニーナに届いているはずだが、ニーナは動かなかった。ケントが再び舌打ちをする。
広場の入り口から、徐々に人が入り始めた。
「いたぞ、あそこだ!」
「なんの煙だ、ドラゴンの仕業か!?」
いつの間にか広場には溢れかえるほどの人で埋め尽くされ、光一たちは民衆に囲まれる形になった。誰かがニーナを指さし、一際大きな声を上げる。
「おい、あれ……まさか《ドラゴン使い》じゃないか!?」
その声を皮切りに、民衆の目線は一斉にニーナに注がれた。ニーナは物怖じすることなく、顔を上げて周りの人間を睨みつけていた。
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