世の中の就活が始まると同時に突然私は人事部へ異動となった。それまでひたすら電話営業しかさせて貰えなかったというのに。
 大して広告も出していないし、募集要項は嘘だらけだし、どんな人間を基準に選べとかの指示も与えられてないしで何をどうすれば良いのかも分からなかった。
 上司に何度も質問に行ってようやく得られた回答は「誰でもいいからとりあえず合格通知出せ」だけだった。
 それでは自分が数少ないとはいえ日々送られてくる履歴書を読んで面接をする意味は一体なんなんだろうかと思いながらも、無心で合格通知の手紙や書類を作り続けた。それなのにネットでうちの会社の評判を読んだのか実際に来てみて雰囲気で何かを察したのか、「辞退させて頂きます」の連続で自分のやっていることにさっぱり意義を見出せずうんざりしていた頃だった。

「え? 志望動機…は……御社の企業理念にキョーカンしたからです」

 あまりにも死んだ目の学生が面接にやって来たのは。
 こちらのやる気まで削がれそうな程に無気力で、まるで、鏡で自分を見せられているようだった。
 普段だったら適当に流して次の質問へ移り、形式的な面接を終えてさっさと合格通知書を送る準備をしていただろう。だけど、目の前の学生の隠す気もない倦怠感がその日はひどく癇に障った。

「うちの企業理念のどういった点に共感されましたか? 三つ掲げていますが最初から順番に暗唱して頂けます?」
「え? えーいや二番目のが特に……」
「それでは特に共感して頂けたという企業理念を暗唱して頂けます?」
「ああ……いやその……ど忘れしました、すいません」

 わざと態度を悪く見せて不良ぶっているならまだ良かっただろう。

「……あなたは一体何になりたくてここに座ってるんですか?」

 この学生は本当に疲弊しきっているのだろう。それを隠す器用さも無い。

「なぜここへ来たんですか? なぜ就職活動をしているんですか? 周囲の人間が行なっているから自分も流されてやっているだけでしょう違いますか?」
「…………、……あー、えーと……」

 気持ち悪い。私みたいで、気持ち悪い。
 こんなことを言って良いはずないと、頭では分かっていてもトゲだらけの言葉が次々と飛び出してくる。何が起こってるのかさっぱり分からない様子で呆然と私を見ている彼の目にますます腹が立ち、椅子から立ち上がった。

「目標も持たずに行動したって何になれるわけもないでしょう」

 私が他人に言って良いはずがない暴言。

「そんなあんたが社会に出たところで使い捨てられるのが関の山ですよ!!」

 全部ぜんぶ、自分へ突き刺したい言葉だった。
 自分を重ねた学生に怒鳴り散らすと、じわじわと冷静になれた。乱れた呼吸を正そうと深呼吸する。手のひらにぐっしょりと汗をかいているのが分かる。 

「……この度は、当社の選考へご来社いただきありがとうございました…慎重に検討させて頂きましたが……誠に遺憾ながら、今回はご期待に添えない結果となりました……」

 いつの間にか握りつぶしてしまった彼の履歴書が、くしゃくしゃの情けない姿で机の上に転がっている。貼られた証明写真は、やっぱり覇気のない目をしていた。

「……今後のサイタマさんの、ご検討をお祈り申し上げます」

 テンプレート通りの言葉を吐き出し終えて、目を逸らすように深々と頭を下げる。しばしの沈黙の後、引きずるようなゆっくりとした足音が物悲しく響き、弱々しくドアが閉まった。
入社希望者に初めて不合格を言い渡したその翌日、私は会社に辞表を提出した。



++++++++++



「昨日といい何でお前は突然泣き出すんだよ」
「だっ、だって、ほんとにその節はっ、ご迷惑を……ひっく」

 しゃくりあげながらも必死で喋ろうとするが、声が裏返るし涙も鼻水も止まらないしでどうしようもない。
 自分に似ていて気持ち悪いというひどく勝手な理由で赤の他人を傷つけた事実を、必死に忘れようとしていたことが情けなくて仕方がなかった。新しい世界で頑張っていこうだなんて、振り向かないように記憶から逃げまわっていただけだったことを突きつけられた。
 サイタマさんはただ私の質問に答えただけで、決してそういうつもりはなかったのだろうけど、彼の「あの時の面接官、お前だろ」の一言のみで全てを思い出し、全て理解してしまった。

「別にいいって怒ってるわけでもねえし、あれは正論だったろ」
「だけど私、とても酷いことを言いました」

 許されるわけもない、あまりに自分勝手で残酷なことをしたのだ。しかもその罪悪感の重圧に耐えかねて、忘れようとさえした。
 かつて自分が手ひどく傷つけたであろう命の恩人を目の前に、もうどうすれば良いのか分からなくなってバカみたいに泣くことしかできなかった。
 サイタマさんはそんな私を見ながら、困ったようにコーラに口をつけた。缶の中はすっかり空になっており、ずるると間抜けな音が響く。

 彼はいきなり泣き出してしまった私をなだめるために取り急ぎ目に入ったベンチに座らせ、缶の紅茶を買ってくれた。ジェノスくんはサイタマさんに渡されたお財布とスーパーのチラシを持って「先に行っています」とこの場から離れていった。
 
 いい年してまた人前で泣くとか、思い出したくなかった過去のこととか、もう色々と自分のキャパが足りずとても落ち着けそうにない。泣きすぎて喉はひりひりするし、ハンカチびしょびしょだし、サイタマさんは正直に「めんどくせーなお前」とか言うし、この場をどう納めれば良いのだろう。
 俯いた拍子に落ちた眼鏡を拾い上げて、サイタマさんが無遠慮に私の頭に載せた。

「マジで気にすんな、つーかそこまで泣かれると重い」
「はい……」

 しゃがれ始めた声で返事し顔を上げる。サイタマさんは相変わらず気の抜けた表情でこっちを見ていた。
 
「そりゃ落ち込んだけど、まあ良いきっかけにはなったしよ」
「きっかけ……」
「言っただろ、ヒーローになろうと思ったきっかけ。お前に何になりたいんだって言われて帰り道でちょっと考えて、何かいろいろあって趣味で始めたんだよ」
「そっか…サイタマさんはちゃんと努力して目指してたものになったんですね……」
「お前なんかいちいち重い。……それに、別に俺だって目指してたものになれたわけじゃねえし」

 サイタマさんの横顔は相変わらず何を考えてるのか分からない、気の抜けた表情をしていた。ここではないどこかずっと遠くを見ているようだった。 

「……サイタマさん自身が自分をどう思っていようと、私にとってサイタマさんは……なんて言うか、まぶしい人です」
 
 そう言った瞬間、こちらを見たサイタマさんの頭皮が夕陽を鋭く反射した。

「おい、笑ってんじゃねーぞおい」
「いや今のはずるいで痛い痛い痛い痛い」

 サイタマさんの握力なんかで掴まれたら私の頭が生卵のごとくかち割れてしまう。そこそこ本気で抵抗していると、手の力が弱まって、そのままぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられた。鳥の巣みたいになったであろう私の髪を直すこともなく彼は立ち上がって、こちらに手を差し出した。

「そう思うなら、お前も何かになれば良いだろ」

 サイタマさんはやっぱり、紛れも無くヒーローだ。
 とりあえず眼鏡に絡まった髪の毛をほどいた。いつの間にか涙はすっかり乾いてて、新しい眼鏡は世界をくっきりと映し出している。

「はい」

 その手を取って私は立ち上がった。


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