スザクが最近冷たい。

学校での出来事も教えてくれないし、そもそも会話を続けていない。
保護者宛のプリントや返ってきたテストの答案用紙があれば良くて無言で押し付けていくか、酷いと一言も言わずに冷蔵庫にマグネットで貼ってあるだけ。
口煩く自室でしろと言っても聞かずにリビングでだらだらしていた宿題も、今は何も言わずに自室に籠ってそのまま出てくる様子もない。
中で宿題を片付けているのか、それとも違うことをしているのかも解らない。
食事だと呼ぶと部屋から顔を出すけれど、それ以外は風呂かトイレにしか出てこない。




これは、アレだろうか。
反抗期、というヤツだろうか。




放課後は友達と遊んでいるようで、でも俺が仕事から帰る夕方には必ず家には帰ってくる。
それだけは安心出来るが、スザクはまだ小学校5年生だ。
このまま看過してしまうと後々取り返しのつかない事態にならないとも限らない。

幼稚園の時、卒園アルバムで将来の夢に『けいさつかん!』と書いていたスザクが。
あの正義感の強いスザクが、前科持ちにでもなってしまったら…!


特効服を着て鉄パイプ片手に無免許で改造バイクを乗り回すスザクが脳裏に過って血の気が引く。



輝かしい未来が待ち構えているであろうスザクの経歴に、一点の曇りも許されない!


何より、妻が亡くなってから今まで男手一つで育ててきた愛息子とスキンシップが取れないのが辛すぎる。




俺は、年頃の息子を持つ親として当然ぶち当たる難題に直面していた。










◇悩めるおとうさん◇










「スザク?美味いか…?」

「…………」



デミグラスソースのハンバーグは昔からスザクの好物だ。
ひとくち口に放り込んで咀嚼しながら俺の言葉に小さく頷く。



「よかった。昨夜からソースを仕込んでたんだ」

「ふーん」



口調は素っ気ないが、皿の中のオカズは平らげられていて安心する。



「…おかわりあるぞ?」

「ん」



黙って空になった皿を差し出すスザクについ笑みが零れて、ふわふわの茶色の癖っ毛を撫でながら受け取った。



「はいはい」

「〜〜ッ」



ら、頭に置いたその手を振り払われる。



「やめろよ!」

「?どうしたんだ?」

「…っ、ルルーシュ」

「『お父さん』」

「子供扱いすんな」

「スザク…?」



何がスザクの気に障ったのか解らない。
スザクはそのまま乱暴に、ご馳走さま。とだけ言い残して自室に引っ込んでしまった。
俺は残された空の皿を手に、途方にくれた。









夕食の片付けを済ませて、リビングのソファでコーヒーを片手に考える。

スザクの好物で機嫌を取る作戦は、残念ながら不発に終わった。
それどころか、何故か地雷を踏んでしまったらしく食後のデザートを出そうとスザクの自室の扉越しに声を掛けたのに無視される始末だ。

一体何がいけなかったのか。

一人で考えていても突破口が開かれる兆しも無い。


反抗期。


自分が子供の頃はどうだったかと考えても、スザクほどあからさまに親を避けてはいなかった様な気がする。

やはりこれは。
今まで思い至らなかったわけでは無いが、もしかして、




「母親か…?」




口に出して、自分の言葉にショックを受けた。
スザクを産んだ直後に天に召されてしまったせいで、スザクは自分の母親を写真でしか知らない。
片親で寂しい思いをさせまいと父親業も母親業も目一杯こなしてきたつもりだった。
スザクも今まで特に“母親”という存在を欲した事は無く「スザクの為に母親が居るべきだ」と親戚から遠回しに再婚を勧められて見合い写真を持って来られた時も凄い勢いで拒否の意を示し、そのおかげで話が流れた位だ。


だが、もしかするとそれはスザクの…子供なりの気遣いだったりしたのだろうか。
スザクは多少粗暴な所も見受けられるがとても心優しく育っている。
そのスザクが…!
子供ながらに心を砕いて、親である俺に負担をかけまいと…。

なんという事だ。

考えてみれば、それどころかスザクはもしかすると俺の事をを父親として認めていないのかもしれない。
何度言い聞かせても『父さん』と呼んでくれないのは、俺の父親としての至らなさを子供ながらに感じ取っているからなのだろうか。

俺は、スザクの父親失格だ…!!!!




















翌日。
スザクがバスルームに入ったのを確認してそっと脱衣所のドアを開け、すりガラス越しに様子を窺う。

父親としての在り方を見つめ直して反省し熟考し、男同士なら裸の付き合いだろう。という考えを導きだした。
風呂はリラックス効果があるからな。
親子でゆっくり話し合う場としては最高のロケーションでは無いだろうか。
シャワーの音が止んでバスタブに浸かるタイミングがベストだ。
昔は、一人で入れるだろう。と言い聞かせても駄々を捏ねたものだった。
ついこの間の事の様に思える頭の中のアルバムを捲っていると水音が止む。
が、暫く待っていてもバスタブに入る気配が無い。
耳を澄ませてみると、なんだか少々呼吸が荒くなっているような…?


!まさか!湯あたり?!逆上せてしまったのか?!大変だ!!!!



「スザク?!」

「ッ?!」



思い切りバスルームのドアを開けると椅子に座って背を向けていたスザクの肩が大きく揺れた。



「大丈夫か?!」

「何がだよ!ていうか、なんで居るんだ!」


こちらを向いてはくれないけれど、いつものスザクだ。体調が悪かった訳ではなくて一安心する。
ああ、でもこれでは綿密に考えた作戦が…。


「…父さんも入って良いかな?」

「良いわけ無いだろ?!」

「昔はいつも一緒に入ってたのに…」

「いいから出てけ!!!!!!」



とにかく計画を続行しようと、バスルームに一緒に入ろうとしたら今まで見たことの無い剣幕で怒鳴られて結局今日の作戦も失敗に終わったのだった。




















3度目の正直。

The third time pays for all.

Third time's the charm.


つまりはそういう事だ。


俺は、今日こそ目的を遂げる為にスザクの寝室の前にいた。

昨日バスルームで盛大に機嫌を損ねてしまったのは失態だった。
何故あそこまで嫌がられたのかは解らないが、本気でヘソを曲げてしまった様で風呂から上がると就寝の挨拶も無しに自室に引っ込んでしまっていて、今日の夕食の席でも一度もも目を合わせてくれなかった。

それならと、幼い時は添い寝無しで寝入る事の出来なかったスザクに当時を思い出して父親の包容力をアピールしようと思ったわけだが、いかんせん昨日からのスザクの怒りようにドアをノックしようとする手が躊躇われる。
これ以上機嫌を損ねてしまったら、もう口すら聞いてくれないんじゃないか。

そんな事が頭を過って、もう30分はスザクの部屋の前で逡巡していた。


子供はもう寝る時間だろうし、スザクも寝てしまっているかも知れない。
もう、今日の所は諦めておくべきだろうか。

そんな弱気な考えに行き着いて、自室へ踵を返しかけた瞬間、目の前の扉が静かに開いた。



「さっきからなに」

「…スザク」



スザクは丸い翡翠色の眸を眇て訝しげにこちらを見詰めている。



「ルルーシュ、最近変だぞ」

「『お父さん』」

「なんか用?」

「…スザク、ちょっと話しないか」

「…いいけど」



少し戸惑い気味のスザクをそのまま部屋に押し込んで並んでベッドに座る。



「…………」

「…………」

「…………」

「俺、明日も学校あるんだけど」

「っ、ああそうだよな…ごめん…」



どうしよう。
いざスザクを目の前にすると何から言えば良いのか。
本当にスザクが母親を望んでいて、俺が今までスザクを思ってしてきた事が何もスザクの為になっていなかったんだとしたら。

死ぬ間際でも無いのにスザクが産まれてから今までの事が走馬灯のように浮かんで目頭が熱くなる。



「ルルーシュ?」



俺の様子が本格的におかしい事を感じ取ったのか、声のトーンが柔らかくなる。
息子に気を遣わせてばかりで、俺はなんて情けないんだ。



「スザクは、母さんが欲しいか…?」



これまで自分がやってきた事を全否定する恐怖を感じながらも、思いきって気持ちを奮い立たせて聞いてみる。
人の目を見て話せ。と、常日頃スザクに言い聞かせている癖に俺はスザクの反応が怖くて自分の膝に視線を落としたままだ。
アナログの時計が秒針を刻む音が部屋に響いて落ち着かない。



「…………?」



暫く待ってみてもスザクからのリアクションが無い。
恐る恐る視線をスザクに向けると何とも言えない妙な表情でこちらを見ていた。



「ルルーシュ、まさか再婚したいとか…?」

「?なんの話だ」

「え、だって」



母さんとか…。
歯切れ悪く言い渋るスザクに、誤解を呼ぶ表現であったらしいと気付いて焦って言葉を重ねる。



「いや、違うんだ。そうじゃなくて」

「………」

「お前の最近の様子を分析している内に…その、やっぱり母親を、求めているからじゃないかと…」

「は?」

「息子であるお前に気を遣わせて、こんな至らない俺を父親として認めてくれていないんじゃないかと…」



言いながら気まずくてまた視線が泳ぐ。
考えていた事をいざ言葉にしてみると段々感情が昂ってきて涙声になってきた。
くそっ!これじゃ完璧にヒステリーを起こしてるみたいだ。



「ルルーシュ、今更何言ってるんだよ」



呆れた様な声音にハッとして視線をスザクに戻すと、やっぱり呆れた様な顔をしていた。


「…それも、」

「?」

「俺の事を『父さん』って呼んでくれないのも、父親として相応しいと思ってもらえないからじゃないのか」

「『父親』とか『母親』とか関係無いだろ」

「………」

「そんなのいちいち意識したこと無い」

「………」

「俺の『家族』は『ルルーシュ』だけでいい」




きっぱり言い切られた言葉に胸が熱くなる。

やっぱりスザクは心優しく育っていた!
年甲斐も無く女々しい泣き言を言う俺を慮って、こんな気の利いた言い回しが出来るようになっていたなんて。
あまり空気を読むのが得意では無かった印象が強くて、先程とは違う意味で目頭が熱くなってくる。



「…………ルルーシュ?」

「ぁ、…すまない」



スザクの一言で今まで胸の内を占めていたもやもやが一瞬で霧散した。
薄く滲んだ涙を然り気無く拭ってスザクに向き直る。



「遅くまで悪かった。…今日は一緒に寝てもいいかな…?」



スザクに対する愛しさが込み上げてきて離れがたくなって尋ねると、少しの沈黙の後なんとも複雑そうな顔をしながら了承してくれた。

やっぱり年頃の男の子は難しい。









数年振りにスザクと同じベッドで並んで寝ている事に少しの懐かしさと高揚を感じて、つい背を向けている記憶にあるスザクからは幾分か成長した身体を抱き込んだ。



「っ?!おい…っ!」

「おっきくなったなぁ」

「〜〜〜ッ」



驚いて軽い抵抗を示したスザクにお構い無しに俺と正反対のふわふわな癖っ毛を撫で付けると、諦めたのか大人しくされるがままになっている。




ここ最近の悩みから解放された俺は、腕の中に自分より高い体温を感じながら安心して夢の中に沈んでいくのだった。










end


息子溺愛るるしゅ。お父さん、お尻狙われてますよ。