込み上げる嘔吐感を耐えて、少しふっくらしたと感じられる腹部をゆるりと撫でる。




あぁ、俺は幸せだ。










◇Dreamer◇










最近、ルルーシュの様子がおかしい。
食欲も無いし、食べても戻してしまっているみたいだ。
本人は、僕にバレないようにと誤魔化してはいるけど、さすがにその位の変化はわかる。



僕はこれでも一応彼の、ルルーシュの恋人なんだから。





















「ルルーシュ」




一見してすぐわかる程に真っ青な顔で食事を作るルルーシュを見かねて、声をかける。
炒めものをしながら片手で口と鼻を覆いつて眉根を寄せていて、見るからに辛そうだ。




「ルルーシュ、大丈夫?」

「…なんでもない」

「本当に?最近調子悪そうじゃないか」

「、そうでもないさ。気のせいじゃないか?」

「……そう?ならいいけど…」




ルルーシュが大丈夫って言うなら大丈夫なんだろう。
彼は自己管理の出来ない人じゃないし。
そう一人で納得して、体調の悪さを指摘した時に一瞬過ったルルーシュの表情の変化を僕はあっさり見ない振りをした。























それから数ヵ月後。
体調は本調子に戻ったらしいルルーシュだけど、また彼にいくつかの変化が見られる様になった。




ひとつめは、高い所にあるものを取りたがらない。
電球の交換やステップを要する高さにあるものを取る際には、然り気無く人に頼むようになった。

ふたつめは、セックスをやんわり断られる頻度が上がった。
元々、ルルーシュは自分から進んで求める方じゃ無かったけど、誘えば必ず応えてくれていたのに。

みっつめは、腹部を撫でる癖がついた。
ルルーシュの薄い下腹部を、優しく撫でて幸せそうに微笑むようになった。


僕に、気付かれないように。

そっと。






「…いやいやいや、そんな馬鹿な」






最近のルルーシュの不可思議な行動を思い返して、ひとつの馬鹿げた考えに思い至る。

本気で馬鹿げている。
まずそんな推測が脳裏を横切る事自体どうかしていると言わざるを得ない。
そもそもこんな考えが過る事がルルーシュに対して失礼だ。




でも。





いや、まさか。



もしかして。




そんなはずはない。




だって彼は、







僕と彼は、






























「ルルーシュ!」



ひとつの可能性に気付いてしまった僕は、直接確認するためにクラブハウスへ押し掛けて、自室で寛いでいるルルーシュに詰め寄った。
椅子にゆったりもたれ掛かっていたルルーシュは少し驚いた顔をしながら、ごく自然な動きで腹部に置いていた掌を太股の上に移動させる。




まさか、君は本当に、








「どうしたスザク、騒々しいな」

「…君に聞きたい事がある」



不思議そうな顔でこちらを眺めて座って居る彼に向かい合って、膝立ちして目線を合わせる。



紫色の美しい瞳を覗き込む様に見詰めると、ルルーシュの視線が、一瞬揺らいだ気がした。





「…ルルーシュ」

「ん?」





咄嗟に言うべき言葉が見つからず思わず名前を呼ぶと、ことりと首を傾げる。



「君、何か隠している事は無い?」

「…隠してる事?」

「そう。例えば、」


そこで一呼吸置いて、





「想像妊娠、してる、とか」






ルルーシュの瞳から目を逸らさずに言い切った。





そうぞうにんしん。





だなんて。
男性である彼にぶつけるには酷く不躾で失礼な質問である事は百も承知だ。



それでも。








僕の、我ながら理解し難い質問を目の当たりにしたルルーシュはただでさえ大きなつり目がちの瞳を大きく見開いて、次の瞬間弾かれたように笑いはじめた。





「ハハハッ!想像妊娠?まさか!」

「…あはっ!そうだよね!」




腹を抱える勢いで爆笑するルルーシュに、自分の考えが馬鹿げたものであったと確信して安心する。
むしろルルーシュに対して申し訳無い位だ。
僕はなんて疑問をぶつけてしまったんだ。そんな疑問が少しでも過ってしまった自分が恥ずかしい。




それにしても、本当に良かった。
もちろんよく考えなくても当たり前だ。
僕もルルーシュも男なんだから。
子供なんて出来る訳ない。

想像でも、妊娠なんてするはずが、




「本当おかしな事言うな、お前は」

「だって、」




笑いすぎて瞳の端に溜まった涙を右手の指で拭いながら、ルルーシュは左手をそっと自分の腹部に添えた。










「“想像”妊娠なんかするわけないじゃないか。ここに居るのは紛れもなくお前の子だよ」










「…………………え、」




今まで見たことが無いような優しい表情で腹部をゆっくり擦りながら、ルルーシュは、語り続ける。




「驚いたか?俺も初めは驚いたんだ。まさか妊娠するなんてな。でもまぁ…、妊娠してしまう行為は繰り返していた訳だし、なんら不思議は無いというか…」




ふふっ。と照れ臭そうにお腹を撫でながらそう続けるルルーシュに、言葉が出てこない。




「お前に、責任を取って欲しい、とかそんな事は考えてはいないんだ。ただ、この子を産むことを許して欲しい」

「ルルー、」

「お願いだ、スザク」




頼む。と僕に向かって真摯な声色で深々と頭を下げるルルーシュに、僕は、なんて言ったらいいんだ。




「ルルーシュ、」

「絶対に、お前に迷惑はかけない。俺一人で育てる。だから、」

「ルルーシュ」



こちらの声が聞こえていないように滔々と話し続けるルルーシュに、少し語調を強く名前を呼ぶ。
すると、それまで流れる様に話していたルルーシュが黙りこんだ。
柳眉を寄せて、気を抜けば涙を溢してしまいそうな表情で。




「………スザク、俺にこの子は殺せない。頼む……」




ここまできて、やっとルルーシュが本気で言っているんだと理解した。
頭のどこかで認めたく無かったモノを、無理矢理脳味噌に詰め込まれる感覚。

あぁ。

彼は、ルルーシュは、本気で自分が妊娠しているんだと思ってる。


最初の内はただの質の悪い冗談だと思ったのに。

こんな、どう考えても破綻しているとしか思えない言葉を紡ぐルルーシュを笑い飛ばせない。



彼は、真剣だ。


どうして。


どうして。





どうして。







「…わかった。ルルーシュ、『これからの事』を考えよう」

「スザク…」




僕の言葉に俯いていた顔を上げて嬉しそうに笑う。

ふわり、と。
まるで華が綻ぶような優しい顔で。





「…本当は、伝えるのが怖かったんだ」

「………」

「子供なんて、スザクの重荷にしか、ならないだろうと…」

「………」

「ほぉら。よかったな。早く大きくなってでておいで」





膨らみも何も無いぺたんこの下腹部を大事に大事に擦りながら、少しトーンを上げて話すルルーシュは、僕が今までで見た中で一番綺麗に笑っていた。



























(何が、君をそんなになるまで、追い詰めてしまったんだろう)

僕の疑問の答えを有する人は、





end











色々矛盾はスルーで。雰囲気で。