最初の不愉快な邂逅から約2ヶ月。 何故か奴は毎日喫煙所に現れていた。 特に意味のある話をするわけでも無く、ふらっと来て煙草を1〜2本吸ってまたふらっと去っていく。 その短いやり取りでも回数を積み重ねれば、徐々に枢木スザクがどういう奴なのか分かってくる。 とは言っても、やはり良く分からない部分が大半を占めるが。 確実なのは、噂通り女にだらしなさそうな事と、空気が読めないだけで悪い奴では無さそうだという事だ。 そんな空気の読めない男は、今日もまた喫煙所に現れた。 ◇Virginia◇ 「やぁ」 「お前、何で居るんだ」 「え、なにその言い方」 「今日は休講らしいじゃないか」 「なんだ。気にしてくれてたの?」 「ツレから聞いたんだよ」 「ふーん?」 こいつは、基本的にいつもにやにやした表情をしている気がする。 初めて会った時ほどイライラはしなくなったが、それでも気分の良いものじゃ無い。 こんな会話の最中は特に。 馬鹿にされている気がしてしょうがない。 「で?」 「え?」 「なんで居るんだよ」 「別に」 「はぁ?」 「君の顔を見に来ただけ」 真っ直ぐに見詰められて言われる言葉は、正直男に言われても薄ら寒いだけだ。 思わず苦笑が洩れた。 コイツは、こういう言い方を良くする。 俺が女なら、確かに気があると勘違いしそうだ。 なるほど、確かに女慣れしているんだろうと思わせる瞬間では、ある。 だけど俺は男で、交わされる会話に他意が無いのは分かりきっている。 俺は溜め息を一つ吐いた。 「お前、男にそんな言い方するのどうかと思うぞ」 「『そんな言い方?』」 「…いや、もういい」 まぁ、今更コイツに言った所で改善するようなものじゃ無いだろうしな。 癖、みたいなモノなんだろう。 相手は選ぶべきではあるが、本人が意識していないなら言っても無駄だ。 忠告する事は早々に諦めて、デニムのバックポケットから煙草を取り出した。 「あ、」 同じように煙草を取り出した枢木が、間抜けな声を上げる。 左手にはピンク色の片手サイズの、 「デュオ?お前そんなのも吸うのか」 「吸うっちゃ吸うけど…僕のじゃ無いし」 そう言いながらも、箱から細い煙草を取り出して火を点けてフィルターに口を付けていた。 「まっず」 「なら吸うなよ」 深く吸い込んですぐ顔を顰めて、文句を言いながらもまだ吸っている。 不味いなら捨てれば良いのに。 訳の分からない奴だ。 思いながら、俺は自分の赤マルに火を点けて煙を吸い込んだ。 あぁ、今日も旨い。 横ではまだ枢木が文句を言っている。 「あー…無いな」 「なら吸うなって」 「だって僕の煙草がコレになっちゃったみたいだし」 「?なんだそれ」 「んー、気になる?」 こちらを見てにやりと笑ながら聞いてくる。 この聞き方がまた鬱陶しい。 コイツは俺がコイツに興味を示す素振りをすると、大体こういった感じの反応で返す。 いちいち感じが悪い奴だ。 「別に」 「縄張り争い的な」 「?」 「牽制、的なね」 女同士のサバイバルだよね〜等と軽い調子で、俺の返答なんか気にする事無くまた一人で喋っている。 だからまともに相手にしたく無いんだ。 いっそ壁に向かって話し掛けていればいい。 で?奴はなんだって? 「牽制?」 「多分ね」 「???へぇ…?」 さっぱり意味が分からない。 恐らく今の俺の顔はそこそこに間抜けだと思う。 会話の内容が全く要領を得ない。 思えばコイツとの会話は大体こんな感じかもしれない。 ほとんど宇宙人と話しているみたいだ。 そんな俺を見ながら、枢木は楽しそうな顔をして会話を続けてくる。 「女の子がさ、他の女の子に自分の存在アピールしたいんじゃない?」 「あ?…あぁ」 なるほど。 つまり、 「お前の他の女の影に嫉妬した、彼女の仕業って事か」 「彼女じゃ無いけどね」 2〜3回ヤっただけで彼女面とか勘弁して欲しい。なんてブツブツ言っているが、明らかにコイツの言い分の方がおかしいだろうに。 本人に自覚が無いのが、また始末に終えない訳だが。 「まぁ、アレだ。あんまり怒ってやるなよ」 「まぁね。もう二度と会わないし」 見ず知らずの彼女を流石に気の毒に思ってフォローを入れたら、こんな面倒臭い事する女はもういいや。などと、また最低な発言をしている。 まぁ、枢木は女性を一人切った所ですぐ替わりの女性が引っ掛かるんだろう。 見る目の無い女性にも非があるのかもしれないな。 一人納得して煙草を吸い直していると、至近距離から視線を感じた。 思わず身構える。 「なんだ」 「そんな警戒しなくても」 「お前は前科があるからな」 二回目にコイツと会った時の事故的な皮膚の接触は、俺の黒歴史にしっかり刻まれている。 コイツは何を仕出かすか分からないから、少しでも隙を見せるとマズイのは身を持って体験した。 コイツの節操の無さは、筋金入りらしいしな。 「別に何もしないのになぁ」 「信用出来ない」 「…何だ。もしかして期待してる?」 「はぁ?」 また訳の分からない事を…。 これだから嫌なんだ。 視線を枢木にやると相変わらずのにやけ面でこちらを窺っている。 コイツの表情筋はにやけ面で固定されているんじゃないのか。 全くもって気分が悪い。 「少しは理解出来る言葉を発してくれないか」 「あれ?理解出来なかった?」 「お前の発言は9割理解不能だ」 「そんな僕の会話にちゃんと付き合ってくれるんだね」 「っ、…不可抗力だ」 「そう?それでもいいけど」 じゃあそろそろ行こうかな。と、枢木は立ち上がってフィルターだけになった煙草を灰皿に捨てる。 不味いを連発しながら、結局1本は吸い切ったようだった。 そして、いつかのように渡される煙草の箱。 「これあげるよ」 「不味いなら捨てろよ」 「じゃあ捨てといて」 「なんだそれ」 俺に煙草を押し付けていつも通りふらっと立ち去ろうとした、その時。 急にこちらを振り返った奴に顔を覗き込まれる。 コイツの行動は唐突すぎるんだ。 つい反射的に後ずさってしまったのが悔しくて、何事も無かったかのように睨み付けてやったけれど、そんな俺の態度にはお構いなしで、どこか飄々とした様子で口を開く。 「たんじょうび」 一瞬、何かの暗号かと思った。 「は?」 「今日、誕生日なんだよね」 「あ?誰が」 「僕」 「今日?」 「そう」 何かと思えば、またおかしなタイミングだ。一体何を言い出すかと思った。 「…へぇ。よかったな」 「それだけ?」 「充分だろうが」 「冷たいなぁ」 言いながら腰に腕が回されて、枢木との物理的距離が縮まる。 ちょっと、意味が、 「ッおい!なんだコレは!」 「誕生日プレゼント貰おうと思って」 「は?!ちょ、な…!」 グッと腰を引き寄せられて、奴の翡翠色の眸が焦点が合わない位近付いたと思った瞬間。 腰に絡み付いていた腕がスルッと離れて、翡翠がにやにやと嫌な笑いを浮かべながらこちらを見ていた。 「何考えたの?」 「お前…ッ!」 「そんな顔も美人だね」 「黙れ」 本当にいちいち癪に障る真似しか出来ない奴だ。 「これ、貰ってくね」 「?!」 「誕生日プレゼントありがとう」 そう言って今度こそ喫煙所を後にする枢木の右手には、さっきまで俺のデニムのバックポケットに仕舞われていた煙草のケース。 驚いて確認すると、やっぱりある筈の煙草は消えている。 「アイツ手癖まで悪かったのか…」 結局残されたのは、ピンク色パッケージのいかにも女性受けを狙った煙草。 枢木の女避けに使われる筈で結局その役割を果たせなかったそれを、折角だからと1本取り出してみた。 細いフィルターは男の手で扱うには酷く不釣り合いに見える。 火を点けて深く吸い込むとメンソールの味が口の中に広がった。 「マズ…」 タールもニコチンも軽い筈なのに、何故だか肺の中に何かが重く沈んでいった気がした。 end おめ。 |