「ねぇ。煙草、くれない?」





唐突に声を掛けられて、文庫本に落としていた視線を上げると、ふわふわの茶色の髪に翠の双眸を持つ見慣れない男。


…………誰だこいつは。









◇Marlboro◇










「ごめんごめん。さっき最後の1本吸い終わったの忘れててさ。あ、もう無い?」




不審に思ったのが顔に出ていたのか、眼の前の男は人懐っこい笑顔を浮かべてそう続けた。




「……あるにはあるが、赤マルだぞ?」

「何でもいいよ。ありがと」




礼を言いながら俺の座っているベンチの隣に座ってきた男に煙草を差し出し、俺自身も新しい煙草を銜える。
ついでにライターも点けてやった。
男は深く吸って紫煙を吐き出す。




「ランペルージってさ、いつもここの喫煙所使うの?」




煙草を燻らせながら、問い掛けてくる。

というか、本当に誰なんだ。
何故俺の名前を知っている。

自ら名乗りもせず親しげに話し掛けてくる男の無礼さに、少し腹が立ってきた。




「悪いが、俺はお前の知人では無いはずだが…?」




暗に名乗れと含ませると、また例の人懐っこい笑顔で返される。




「あれ?僕の事知らない?」

「悪いが全く記憶に無い」




酷いなぁ、とたいして酷く思っても無さそうな顔で笑う。

なんだ?知人だったか?

頭の中で友人知人リストを思い浮かべるも、眼の前でへらへら笑っている男はやはり該当しない。




「般教の講義がカブッてるんだよ?」

「……大教室の講義じゃないか」




そもそも、まだオリエンテーションだの履修登録だのが済んでやっと前期の授業が始まったばかりの5月だ。
ただでさえ広大な敷地面積と膨大な学生数を誇るこの大学で、同じ一般教養の講義を受けているだけの人間なんていちいち覚えてる訳が無い。
むしろ、何でお前は俺を知ってるんだ。




「入学式で見掛けてさ。あんまり美人だからお近づきになりたくって」




そしたら、同じ講義受けてるだろ?そりゃー気になるよね。

と、男はあっさり俺の疑問を解消してくれた。




「へぇ。それはどーも」

「…あれ?怒るかと思った」

「?何にだ」

「や。『美人』とか言ったら嫌がるかと思ってさ」

「俺は客観的事実に対してわざわざ謙遜しない主義なんだ。」

事実は事実でしか無いからな。




と続けると、男は一瞬呆気に取られた顔をして次の瞬間弾かれた様に笑い始めた。

…本当に、何なんだこいつは。




「何だお前。俺を怒らせたかったのか?」




訳が解らないまま訳の解らない事を言って挙げ句笑い始める男に、好感を持てる人間なんて果たしてどれほど居るのか。
少なくとも俺には無理だ。
自慢じゃ無いが自分が中々に気の長い人種じゃ無い事は自覚している。
要領を得ないこんな会話を続けている、というのがそもそもイレギュラーなわけで…
ん?それなら、こんなわけのわからない男の会話に付き合う必要は無いじゃないか。もう、こいつは無視して移動するか…

とここまで思考が過った所で、男が馬鹿笑いを引っ込めた。




「まさか!言っただろ?お近づきになりたい、って」




ただ、ランペルージの反応がちょっと意外でさ。
などと、また最初のにやけ面で会話を続けてくる。
しまった。席を外すタイミングを逃した。
しかし、こんな失礼な男とこれ以上関わりたくも無い。
さっさと会話を切り上げてこの場所を離れるか。




「そうか。俺はお前に全く興味無いがな」




これまでの会話から、まるで良い印象を抱き得なかったからハッキリ言ってやる。
が、肝心の男にはまるで伝わって無い様だ。わ、結構辛辣だな〜。などと相変わらずへらへら笑っている。

男を無視して自分の手元を見ると、煙草もフィルター手前まで短くなっていた。
この生産性の無い会話を切り上げる良い機会だ。




「じゃあ、」




〜〜〜♪




俺はそろそろ…
と言いかけた所で、流行りのポップスが鳴り響いた。




「あ、ゴメン。僕だ」




男はデニムのポケットから携帯を取り出して面白く無さそうな顔をする。
暫く、鳴り響く携帯を片手に煙草を銜えていたが、鳴り止む気配の無いそれに諦めたのか銜えていた煙草を傍にあるスタンドタイプの灰皿に放り込んだ。




「ご馳走さま。また今度返すよ」




そう言い放って、携帯の通話ボタンを押して着信相手と何事かを話しながら立ち去って行った。




何だったんだ、一体。




来たとき同様唐突に居なくなった男に呆気にとられる、
が、




「アイツは誰なんだ…?」




結局、一番最初の疑問は明らかになることは無かった。





end









一応スザルルです。これ、続くの…?