どうしてこんなことに。
 頭を抱える僕に構わず、仮にもヒーローであるところの彼らは少なからずアルコールを摂取して上機嫌なようだった。未成年の2人を抜いたヒーロー達は、僕の誕生日をどうにも馬鹿騒ぎの理由に使っているようにしか見えない。

「……あの、帰っていいですか。」
「あらどうして? ハンサムのバースデーパーティー代わりじゃないのよ。」
「いえ、もう一週間以上前のことですし……」
「ほらバニー、良いから飲めよ!」

 無理やりにおじさんに冷えたグラスを持たされ、手首を持たれて乾杯の動作をさせられる。どうしてこんなことに。最低限の付き合いは必要かもしれないが、こんな馬鹿騒ぎに付き合う理由は僕にはなかった。あまり飲まないで、隙あらば帰ってしまおうと考えながら、少しずつグラスに口を付けた。
 主役という名目のはずの僕を置き去りに、ヒーロー達はトレーニングルームで見られるような何の取り留めもない会話を交わしていく。ファイアーエンブレムさんがロックバイソンさんをからかって遊ぶ騒がしい声、スカイハイさんがそれに空気を読まない入り込み方をして、それを戸惑うように眺めるだけの折紙先輩がいて。そんな彼らをグラスを傾けながら笑って見るばかりのおじさんは、僕を逃がさないためか、僕の隣から動くつもりはないらしかった。

「楽しそうだなあ、あいつら!」
「そうですか、帰っていいですか。」
「相棒の俺が居る限りは居ろって、一応。」

 もう随分な量の酒を煽っていたはずの彼は、なるほどいつもより更に馴れ馴れしい。相棒、相棒と。フォートレスタワーの事件の時に、彼が僕に友好的である理由は大体分かった。彼は、バディであることに友好さを求めているのだ。優先されるべき市民の安全のためであり、彼本来の甘い考え方にも由来しているのだろう。呆れる行動原理だ。
 固い、頭の悪そうな鮮やかなピンクのソファーに背中を預け、テーブルの上の消費されていくパーティーメニューを見ながら、息を吐いた。決して友好的な態度を取った覚えのない僕に、誕生日のお祝いを? ソファーに投げ出された、プレゼントだという同じくピンクのやけに胴の長い兎のぬいぐるみを横目に見て、馬鹿みたいだと思う。

「そんなつまらなそうな顔すんなって、バニー。」
「バーナビー、です。」
「確か昼あんま食ってなかったよな? ちゃんと食えよ、ほら、ポテトとか……」
「要りません。余計なお世話ですよ、おじさん。」

 にべもなく突っぱねた僕に、しかし彼は上機嫌に破顔した。少しだけ、会話は増えてしまったと思う。その少しだけ、に、そのたび彼はひどく嬉しげな顔をするのだった。考えていること全てが表情に出るような人に、必要以上に身構えても仕方ないと、そんな諦めさえ含まれているこの変化は、どうにも何にも引っ掛からない些細なものだ。
 ロックバイソンさんに呼ばれた彼は、それに小さく手を振って応えたが結局動かなかった。輪に加わればいいものを、遠巻きに眺めて、それでも満足げな顔をする。

「――なあバニー、窓見てみろよ、」

 ふとそんな中で、様々な声のざわめく明るい店内で、秘密の話でもするような囁き方だった。横を見れば窓はさほど遠くもなく、何時までも眠らなさそうな騒々しい光が夜空の下に瞬いている。「外が、何ですか?」帰るタイミングを逃した僕は、じわじわと減っていくボトルの中身に意識を取られながら答えた。良く通るスカイハイさんの声が聞こえる。ネオン。短く紡がれた言葉の意味を図りかねて、眉を顰める。

「色んな色にちかちかしてんなあって。」「……ネオンは光るものですからね。」
「そのわりに星も割と良く見えるよな。場所にもよるけど、」
「だから何ですか。」
「おまえん家、確か高いとこだったよな。ゴールドステージの……」
「だから、何ですか、酔ってるでしょうあなた。」
「そうかも。なあバニー、見下ろす街なんか、きれいだろ?」

 きれいだろうなあ。ちょっとさわがしそうだけど、なあ。
 熱そうな息を吐いて、夢見心地に紡がれる言葉に、賛同すべき部分はひとつもなかった。ネオンは光るばかりで、シュテルンビルトの夜はずっと明るいもので――美しさなど、意識したこともない。それらはすべて当然そこにあるべきもので、僕の在り方に少しだって関係しないものだ。それよりもやるべきことが僕にはある。今日だって、こんな、飲み会なんて馬鹿みたいだろう。時間の無駄だ。

「いいよな、きれいなもん、たくさんで。」

 不明瞭な理由で笑む人を見て、僕は一体どんな顔をすれば良かったのか。酔った人間をまともに相手するべきではないと思いながら、思わず言葉を探した自分に辟易する。
 うとうとと微睡むような調子で言いながら、彼はそんな僕の顔を覗き込んで小さく笑った。ふと唐突に、涙が出そうな感覚が僕を襲ったけれど、理由は分からない。美しいものが美しいと呼ばれる世界を知らないと、僕がそんな理由で泣くようなことはあるわけもなかった。自覚以上に、アルコールが回っているのかもしれない。必要以上に明るい店内の照明が、夜の目には沁みるのかもしれない。
 ただぼんやりと、彼らのような――彼のような、甘ったるい言葉ばかりで生きたがる人が見ているだろう世界の有り様を考えた。――それはやはりひどく美しいものだろうと、理解していた。



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