最悪だ。最悪だ。最悪だ。 僕は苛立ちを込めて、誰もいないオフィスで自分のデスクを叩いた。強く拳を握りしめ、歯ぎしりをする。苛立ちの理由は全て、つい先日からバディを組むこととなった人のせいだった。 ワイルドタイガー。『正義の壊し屋』。崖っぷちロートルヒーロー。彼はあの年代にありがちなお節介さで、何が楽しいのか、僕に無益なことで話しかけてくる。最初の頃は彼も僕と関わろうとしていなかったというのに、一体何が起きたのか。理由など知りたくもないが、その方が楽だったのにと思わずにはいられない。 夜はちゃんと寝ているか、朝はきちんと食べているのか、そんなことを聞いて、一体何の利益が生じるというのだろうか。ただでさえ些細なことで逆上し、言い争う間柄にとって、諍いの理由を増やす彼のお節介はむしろ不利益でしかなかった。仕事上の、仕方なしに組まされたバディなのだから、必要最低限の会話だけを交わすだけで十分だと僕は思っている。 一向に止める気配のない過度な干渉に、日々ストレスが溜まるばかりなのだ。いい加減にしてくれと呻きたくなる。人の引いた線を易々と踏み越えようとする態度が、それに何の罪悪感も覚えないような姿が、不愉快で仕方ない。荒々しく席に着き、さっさと仕事を片付けてしまおうとした矢先、今最も聞きたくない足音が近づいてくるのが聞こえた。
「バニーちゃん?」
さっき下らない喧嘩をして別れた筈なのに、斜め後ろから掛かる声は何らいつも通りのものである。「僕はバニーじゃありません、バーナビ―です。」一瞥もせずに放った言葉に、おお怖っ、と軽い調子で肩を竦めたのが気配で分かった。眼前に差し出されたのは、並々とコーヒーを注がれた小さな紙コップだった。見覚えのあるそれは、フロアに置いてあるコーヒーサーバーのものと全く同じものだ。
「……何です、それ。」 「コーヒー。廊下の。」 「見れば分かりますよ、そんなこと。何故それを差し出しているのかを尋ねているんですが?」 「んー……仲直りのきっかけ?」
何でもないように言いながら、手を出さなかった僕の前に、仕方なさそうな顔でコーヒーを置く。いりません、いま、喉乾いていないので。拒む僕の声なんて聞いていない風に、彼はそのまま自らの席に着いてしまう。コーヒーを音を立てて啜る、拗ねた子供のような横顔を見ながら、僕はデスクの上でまた拳を強く握った。些細なことで言い争ったあと、先に折れるのは、何時だって彼の方なのだ。仲直りとやらを望んでいない僕が折れるわけはないのだけれど、これではまるで僕がどうしようもない子供のようだった。
「さっきはさ、えーと、その、言い過ぎた。……ごめん。」 「……僕はあなたとの関係修復を望んでいないんですが。」 「っだ! お前はまたそういう、可愛くねーことを……!」
言いづらそうに紡がれる謝罪の言葉、そんなものなら、言わなければいいものを。僕はずっとそう思っている。つまるところ何から何まで僕と彼は合わないのだ。僕はポイントさえ獲得出来ればいいけれど、彼はそれよりも、人の何かを優先する。関わった人間がすべて無傷であること、迅速な救助、犯人を犯行に駆り立てる、その理由でさえ、彼の中ではポイントより優先順位が高いようだった。ヒーローとして素晴らしいかもしれないその有り様は、しかし結果に伴わないなら何の意味もない。彼、あるいは彼を形作る偽善が、ひどく腹立たしくて堪らなかった。 僕は手の甲で紙コップをデスクの端へと追いやり、長く息を吐いた。気分が悪い。最悪だ。意味が、分からない。
「何の意味もないこと、しないでくれませんか。」 「……コーヒーは勿体ないからちゃんと飲めよ!」
それに何も答えなかった僕に、彼は乱暴な動作で喉を反らして残りのコーヒーを飲み干し、荒々しく席を立つ。そして次に戻ってきた時には、僕に話し掛けることなく、ただ不機嫌そうに眉を顰めて、非効率的な方法でデスクワークを進めていくばかりだった。 明日も恐らく同じように続くだろうやり取りだ。明日も些末な事象でつまらない諍いをし、僕に理解出来ない心の動きから、彼は不本意そうな謝罪をするのだろう。どうでも構わない筈の人の行動に、容易く波立つ僕の感情はまるで、僕のものではなかった。
やさしくないので縋りません
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