(青+黄/緑←青、黄→赤前提のつもり/青が何だか変)




 ざりざりと鳴り続けるノイズが、いつか憧憬を食い潰してしまったのだ。俺にだってあった筈の、密やかでいて甘かっただろう、情景ごと。ざりざり、ざりざりと。

「ねぇだって、それだけで、」

 まるで幸福に似て鮮やかだったと。鼓膜を掻く耳障りなその音は、しかしそれでも彼の柔らかな声よりは不快ではなかった。下らないと俺は言う。
 そんなことは、真実馬鹿げた言い分だった。息が詰まりそうだと言いながら、それがないと生きていけない、手放せないと穏やかなふりで笑ってみせるのだ。咀嚼し嚥下され、全て思い出せない程の遠くに行ってしまった。俺にとって届かないそれは、やはりもうとっくに喰われてしまったに違いないのだから、つまるところ下らない。
 背後から動かない気配が、じわじわと何かを削っていくような感覚に苛まれている。その表情は、見ずとも分かる。穏やかという言葉と少しの差異もない笑みを浮かべているだろう彼は、この薄暗いラボに到底似つかわしくないに違いない。

「つい最近気付いたんだ。」

 視線さえ寄越さない俺に対するものとして、しかし、その声は空恐ろしい程に朗らかで清々しいものだ。別段返答を求めていないのか、普段と違う口調が、尚更薄気味悪かった。

「……何を、っすか。」
「君も、僕と同じようなものなんだなって。」

 心底柔らかで嬉々とした声音が、ぞわりと背筋を撫でる。ふざけるなと思った。意味は分かる。この人が何を言いたいのか、全て分かった上で、吐き気がするような嫌悪感を覚えた。
 カツリ、と声とは正反対に冷え切った靴音が反響する。
 横に立つその顔は、やはりどうしようもなく穏やかに、微笑んでいた。俺の顔を覗き込むようにしながら、鮮やかな青を細め――そうして、言うのだ。

「1人だけが鮮明に、瞼の裏にちらつくような感情を、君も抱くんだって……すごく嬉しかったんだよ。」

 だから、ねぇ、僕がそうして幸福なように、君はそれだけで幸福なのか、と。
 鋭利なまでに純粋な好奇心で聞いてくるこの男が如何に恐ろしいか、知らない訳ではなかったというのに。耳鳴りに似たノイズが止まない。感情という感情の名前を見失って、「それでもどんな、名前を付けるの?」ふざけるなと思った。今すぐ視界から消えてくれ。喰われた憧憬には程遠い、ただ何処までも質が悪い衝動に、どんな名前も釣り合う訳がないと、俺は知っている。

「……アンタよりは幾分、マシな名前を付けてやるさ。」
「ああ、そんな風に動揺なされるのでござるな、」
「わざとらしいんだよ。」

 サイアクだ。口元を歪めて呟く。
 そうして何を言うでもなく、ただ軽やかに細められた目に、今は喰われそうだと思った。止まないノイズや瞼の裏から離れない鮮やかな色彩よりも、ずっと。
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