(青黄/凄く夢見てる)
泣いているのかと思った、と。 爪が割れていたのだ。それを、キーボードを叩くのを中断して背を丸めてぼんやりと見ていたら、突然誰かに肩を掴まれ、後ろへ引かれた。振り仰いだ先には、何時の間に居たのか、ドロロが間抜けな顔で俺を見下ろしている。
「……何スか、ドロロ先輩。」
全くもって油断していた俺は、いきなりの出来事に少なからず動揺しながら、非難がましい目をその青い人に送ってみた。 しかしドロロは、伺える目元だけを緩く細めてみせる。肩に手を置いたまま、驚かせてしまったでござるか、と柔らかい声で尋ねて来た。イラッとした。あと虫酸も走った。
「忝ないでござる、泣いているのかと。」 「はァ?」 「クルル殿はたまに、1人の時に泣いていそうな気色があるでござるから。」 「何だよソレ、意味分かんねェ。」
溜め息をつき、首を振る。そんな勝手なイメージを持たれる筋合いもない。いっそ失礼な思い込みだ。こういう人を見ていると、他人に優しいというのは、思い込みが激しいというのに良く似ていると改めて思う。 自分に優しくない存在に優しくするには、1もない其処から、何かしらを創り出さなければならない。そうやって自分ばかりが消費されていくことを好くなんて、俺にはマゾヒストだとしか思えないのだ。 つーかアンタに言われても、と呟くと、すぐ情けなく泣きそうな顔になる。本当に情けない。 ――にしても、だ。
「……おいドロロ、何時まで触ってんだよ。」 「あ、そうでござったな。」
肩にずっとある生温い感覚が気になっていた。思い出したように離れていった後も、暫くは残っているこれは、確かに人肌の温度だ。 気付いたら、口を開いていた。普段なら脳裏を過りもしないだろう、他愛もないそれは、我ながら寒気がする無害さだった。
「アンタは俺に触んねェかと思ってた。」 「……拙者に限ってでござるか?」 「そーいうケシキがあったんだよ、アンタの言葉を借りると。」
後ろ頭に手を当て、何となく苛々しながら言葉を返す。苛立っているのは毒気が感じられない青の鮮やかさに対してと、先程のように他愛もない返答を返してしまう、自分自身へ対してだった。隊長が居るとすぐスイッチ入るから楽だが、2人で居ると、何処か食えないのだ。イメージは真綿に近かった。ただ柔らかで生温いから、何をしても手応えがない。 俺の言葉にどうしてか嬉しそうに目を細め、そうでござるか、と頷く青が、不愉快で仕方ない。戯言としか言いようもないが、毒されそうだなんて一瞬だけ血迷う。
「クルル殿は体温が低いでござるなぁ。」 「……ほっとけ。」
ひらりと動かされる手のひらから視線を反らした。割れている爪が気になる。早く居なくなってくれないだろうか。最近やたらと関わってくる理由なんて、知ったことではない。この男の中で、何がどう変質して、俺と関わろうと思ったのか。そんなことは何だって構わないのだ。 ほんの数秒の沈黙の後、また柔らかな声でドロロは言う。
「では、拙者はこれで。」
正直、肩透かしを食らったような気分だ。「何か用があったんじゃないんスか。」と尋ねると、驚いたように丸くした目を、しかしゆっくりと細めて笑う。そうしておどけたように、肩を竦めてみせた。
「……顔を見に?」 「何だよソレ。」
下らないと吐き捨てる俺に、睦言みたいだと頼りなく笑った青は、音もなく去っていった。本当に下らない。何がムツゴトだ。普通に会話を交わしていた自分自身にも吐き気がする。触れられた肩に残る感覚が、割れた爪以上に思考の邪魔をするのだ。 肩に手を起き、背もたれにずるずると体重を掛け、そうして呟く。
「……すげー不愉快。」
兎にも角にも、気分が悪い。
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