(黄赤/恋愛未満のぐだぐだ)



 隣へと手を伸ばして、露出された二の腕に触れるのではなく爪を立てると、当たり前のことながら先輩は目を丸くした。ぎり、と。切ったばかりだからこそ尚更か、指先に渾身の力を込めるようにすると、僅かに力んだ後の歯軋りと、寄せられた眉は酷く険しい。しかしそのくせ、痛い、と零れた低い声だけは、何処か間抜けだった。

「……何のつもりだ?」
「何となくぅ?」

言いながら手を話すと、人差し指と中指があった辺りから僅かに血が滲んでいた。4本の短い引っかき傷に目を細める。親指だけは上手く傷を付けられなかったようだ。大したものではないそれらに、愉快さ以外は感じない。

「血、出てんな。」
「誰のせいだ、誰の。全く、貴様の奇行は意味が分からん。」
「先輩の色だろ?」

 喉を鳴らして笑うと、不愉快をそのまま表情に出す。皮肉か揶揄にしか聞こえんな、と唸る彼の低い声は、思いのほか綺麗に鼓膜を震わせるのだ。可笑しなことである。
 銃器ばかりに気を取られて、容易く傷を付けられる先輩のそれは、優しさでも甘さでもなく油断だった。周りの誰であろうと付けられるだろう小さな傷痕では、本当は、渇くばかりで仕方ないというのに。

「けど先輩は、弱くねーからなァ。」

 ぽつりと放る。
 掻痒感でもあるのか、傷痕を撫でるその手を延々と眺めながら、優しさでも甘さでもない、ぬるま湯に浸かり続けた油断でしか、傷痕が残せないことを残念に思った。「貴様は意味が分からん、」繰り返しのようで、さりげなく酷くなった言葉の後、諦めたように目線を灰色の金属に移した彼を、どうにかしてしまいたい。その顔に走る傷痕を、視線で辿る。
 未だ微かな痛みくらいなら訴えるだろう短い直線のうち、2本に垂れもしない赤色が滲んでいる。それに抱く感慨が、喜びか虚しさかも分からない。気にも止められない傷では、渇くばかりで仕方ないのだ。何が、だなんて、そんなの。
 その顔を覗き込む。見開かれた瞳には、きっと油断しかない。

「なァ、せんぱい。」

 例えば緩く積もっていくばかりのそれに、どんな名前を付けるのかと、いつか誰かが言っていたのだ。あのとき、俺は何も答えなかった。けれどもそういう行き場がない可哀想な感情に、先輩は優しさや甘さや油断のどれかによって、きっと馬鹿みたいに甘ったるい名前を付けてやるのだろう。
 例えるならば、いたく報われない心地だ。

「アンタには、もっとずっと馬鹿みたいにひどいことしか、したくねェかも。」

 恋とか愛よりももっとずっと鋭利な、アンタに傷が付けられるような名前が欲しい。
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