(高→緑/片思いこじらせてる)


か
れ
の
じ
ゅ
ん
す
い
 


 汚れなんて一切ないという、純度100%の真水の話を聞いたとき、オレはおまえを思い出したよ。
 ベンチに座り込んでいるとき、教室で後ろを振り返ったとき、自転車で向かい風を受けているとき、オレにおまえがどんなに美しく思えているか。ほんとうはシチュエーションをあげていったらキリがない。つまりはまあ、いつだって、という話だ。いつだっておまえは美しい。綺麗で、真っ直ぐで、かわいくて、オレが16年で見てきたどんな風景を重ねても、おまえにはきっと適わない。これは別に、おまえを神様みたいに思っているわけではないんだ。いやでもちょっとほんとうは、思っているかも。3Pを決めて、おまえがふわってコートに着地するとき、まるで神様とか天使とか、そういう他とは別格の神聖さを感じることがある。それはいつからだっただろう。ばからしいって一蹴するかもしれないけれど、いつからかおまえは、オレのなかで一番美しいひとだった。
 だからおまえを思い出したんだ。存在しないっていう、100%の純水の話を聞いたとき。頬杖をつきながら、後ろにいるおまえのことを考えていた。なま暖かい風の吹く窓際で、先生の声はまるで子守歌だったけれど。ただのH2Oは、生き物を生かせないらしい。生きるのに不純物が必要なのも変な話だよな。栄養素さえも不純物と呼ぶ、その記号の学問を、オレは実はよく分かっていないから、何か間違えているかもしれない。それでも、ミネラルやら何やら、そんなものさえ取り除いた、たった升目3つ分の文字に限りなく近付けた透明な水に、おまえはとてもよく似ている。その理由に、後ろから聞こえるペンを走らせる音や、その細い指に巻かれた白を思って、溺れるみたいになるオレのことは、実はあんまり関係ないんだ。おまえの水を、短い間でも泳ぐさかなになるのはひどく素晴らしいことだろうけれど、オレはどうやらえら呼吸を体得できないから、仕方ない。不可能と可能の区別くらいつく。オレはさかなにはなれないな。
 なあ、自慢じゃないけどオレ、人並みに清廉潔白じゃない生き方をしてきたから。潔癖なおまえが全部知ったらきっと眉を顰めるような、そういうオレだから。生き物は住めないっていうおまえの純水を、少し汚してやりたく思う。升目3つ分、の、その升目の黒い線にでもなりたいなあ。例えばおまえに必要な不純物を外から運んでくる、些細な壁だ。おまえがおまえを殺しませんように、って。そんな殊勝な祈り、オレには似合わないかな。下心が透けて見えるかもしれない。オレはずっと、美しいおまえには晒せないことばかり考えているんだ。だって、オレを通しておまえの水が生きる水になったのなら、それは何て幸福なことだろう。たぶん、おまえの水の一番近くで、おまえを生かしているという事実は、それ自体がオレを殺してしまいそうなくらいのことだ。おまえはオレを、どうしようもない生き物にするのがとても上手い。オレが勝手に、おまえにまいって、だめになっているだけだけれど。にくたらしいくらいだよ。大好きだ。
 おまえの呼吸が、おまえを傷つけませんように。果てしなく楽なものでありますように。おまえはオレを、どうしようもなくさせるのがほんとうに上手い。どんなものでも幾つでも、おまえの特別になりたいんだ。だから、必要なものだけ通して、おまえの目に触れさせたくないことはなるべく隠して、そういう壁になりたくて堪らない。そうしたらきっとオレはおまえの、生きていくうえで必要な特別だろう。生きられるようになった水を、オレ以外の誰かが泳ぐことを考えると、泣きたくなるけれど。さかなになれないオレを、オレはよく知っているけれど。でもさあ。それでもさ。オレはおまえを尊ぶよ。幸せを願うよ。愛でも恋でも何でもいいし、どんな感情だったとしても言葉にする気はないけれど、それはオレの幸福だ。おまえの水は、息も出来ないくらいに美しい。




「……さっきから何をにやにやしているのだよ。」
「すげぇ幸せなことを考えてたんだ。それだけだよ。」


 透き通るそれが、例えばオレをころしても!


(彼の純粋と献身)
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