(海胆と海老/人間海胆とアンドロイド海老)

※短文倉庫にあげていたものの完成版
※口調さえ違うウロバディ




「あなたに心臓ってあるんですか?」

 何の気なしに放った言葉に、傍らに立つ彼は律儀に首を傾げた。そこはかとなく愉快な様だ。だから、ワインレッドの固いソファーに腰掛けた俺を見下ろす、作り物の双眸に向かって唇を吊り上げてみせた。

「必要でしょうか。」
「ないんですね、なるほど。」

 彼の腰に腕を回し、シャツに耳を押し当てみても、なるほど確かに拍動は聞こえない。僅かに機械音らしきものが聞こえるような、その程度だ。「人肌恋しいんですか。」「俺が?」平坦な声に、くすくすと笑ってみせても、その顔はぴくりとも動かない。どういう基準で彼の感情を司る何かしらが反応するのか、俺は未だによく分かっていない。

「暇だから、あなたくらいしか居ないんですよ。退屈は人間を殺します。」
「貴方はそんなものには殺されません。」
「どうでしょう、俺だって脆弱を晒して生きている人間ですから。」

 あなたと違って、俺はパーツをそうそう挿げ替えることが出来ません。
 ただのひとつも感傷的なところのない発言に、彼はまたひとつ首を傾げた。ある種、この世の何よりも無垢を気取って許される存在として、あるいはよく出来たお人形として、彼はとても優秀なのだ。
 腕は腰に回したまま、少し身体を反らして彼を見上げる。すると、彼は少しだけ笑ったようだった。僅かに細められた瞳と、微かに動いた口元。

「この頭が挿げ替わっていたとして、貴方は気付きますか。」

 その意地の悪い有り様といったら、いっそ不出来なファンタジーとさえ思える。俺は興味深い解答や、彼のキャパシティを超える捻った解答なんてする気もなかった。
 そうですね、たとえば、ほら、と。

「キスでもしたら、きっと分かりますよ。」
「材質の変更は、そうそうないかと思いますが。」
「使い古しと新品は、やっぱり違うものでしょう?」

 ずっとだらりと垂れ下がったままだった彼の腕が不意に持ち上がり、俺の頬を一度撫でる。くしゃりと指先で髪を乱され、「またクレイジーだと言われますよ、」と存外静かな声に諭された。アンドロイドに窘められるとは、それもまた可笑しい話だ。

「ね、ほら、キスしましょう。」
「話を聞いていましたか?」
「ソファーは固いから、そうしたらベッドに行きましょうね。どうせ夜まで暇ですし。」
「……クレイジーだ。」

 呆れたのだろう。再び擦り寄るようにした俺に放られる、トーンの一定な、耳に僅かに障る声だった。シャツを握る手のひらの、ストレスフルに真っ赤に塗りたくられた俺の爪を、その指先が撫でてみせる。慈しみのつもりだろうか。彼の、人が心と呼ぶような部分を構築した人間は随分と趣味が悪いのだろう。作り物の皮膚、心臓のないくせに生暖かい肌が、どうにもナンセンスだった。
 体を離して、今度は屈んだ彼の首に纏わりつく。頬を滑った指先が首筋を辿って、そこで掠めるようなキスがひとつ。物足りなさに堪らなくなって、声を上げて笑った。すると彼も少しだけ口角を吊り上げて、柔らかに微笑んでみせる。俺が笑うと笑うだなんて、嗚呼、本当に、何て悪趣味なことだろうか!


白痴の罪を犯してやろう
title by ギルティ
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