(Ib/ギャリーとイヴ/ぎゅーぎゅーするだけ/短い)




「何か気になることでもあったの?」


 ふと狂った歩幅にそう尋ねれば、イヴは小さな頭を左右に振って否と答える。そうしてまじまじと自分を見上げた鮮やかなピジョンレッドの双眸に、ギャリーの頬は自然に弛むのだ。こんな訳の分からない、おかしい場所で、自分と体温を共有してくれる存在のどんなに尊いことか! 繋いだ小さな手は掛け替えのないものだった。
 こんな場所であってさえ自己主張の少ない少女の、その感情の機微を、出来ることならば全て汲み取ってやりたいとギャリーは思っている。ほんとうに何もないの、と腰よりも低い位置にある顔を覗き込むようにして尋ねても、イヴはまた首を横に振った。

「……考えごと、してただけなの。」
「あら、どんな? ……って聞いてもいいことかしら。」

 あのね、と言いづらそうな、躊躇うような声に、促すために微笑んでみせる。イヴはあまり笑わない子だけれど、ギャリーが笑うと、それでも小さく微笑むことを知っていた。

「いつ、出られるのかなって……」

 どうにも返答に困ってしまう問いに、聡い彼女もすぐ気付いたのだろう。小さな謝罪の言葉をイヴは口にした。それを遮るように繋いでいない手でその髪を撫でながら、ギャリーは笑う。大丈夫、大丈夫、と我ながら無責任な言葉は、しかし、彼女を安心させるには充分のようだった。ふわりと微笑むその顔に、柔らかく満たされるような心地になって、堪らなくなる。

「絶対出ましょうね。」
「出られるよ、」

 ――ギャリーが一緒なら大丈夫、だなんて。
 頬を僅かに上気させながら、そんな可愛いことを言われて、心を揺さぶられない人間なんて居るだろうか。苦しくなる胸の内に溢れているのは、慈しみだ。気の狂いそうな此処で、正気でいられるのは全て、自分を信じ頼ってくれるこの少女のお陰なのだった。ずっと2人で、この、おかしな美術館を、歩いてきている。1人だったらきっともうとっくに立ち竦んでしまっていただろう。
 一緒に出ようね、マカロン食べようね、他にもたくさん、遊びに行ったりしようね。彼女にしては饒舌に重ねられる、今はまだ不確かな約束を、叶えることを誓う代わりに、ギャリーはその小さな体を抱き寄せた。これが母性本能とかいうやつかしらと冗談めかして考えながらも、控えめにコートを掴む手のひらひとつに、ひどく心を満たされるのだ。

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