※生臭坊主虎徹さんと霊媒体質バーナビー
※Twitter上でのえのきちさんの発言に便乗させて頂きました
※気付いたら勝手にバニーを学生にしていた
※この話にホラー表現は殆どありませんが苦手な方は一応ご注意を



 幼い頃から、奇怪なものばかりが身近だった。
 バスから降りた瞬間、蒸し暑い空気に思わず目を細める。涼しい車内との差に細く息を吐きながら、見慣れない辺りを見渡せば、少し離れた電柱の陰から此方を見る人影に気付いてびくりと肩が跳ねた。不気味に虚ろな双眸が、何処か恨みがましく僕を見ている。彼女と電柱の根元に置かれた花束とに関係があるのかも分からないが、きつく唇を噛んですぐさま目を逸らした。
 此処に同時に降りた数人の学生達が、そんな僕を怪訝な目で見ながらもすぐに思い思いの会話を交わしながら離れていった。この辺りは東洋系の人が多いらしいから、僕の見目も物珍しかったのかもしれない。滲む汗で頬に張り付くブロンドを、そんなことを考えながら少し乱暴にかきあげる。
 僕の住む場所よりずっと自己主張の激しい蝉の声は、慢性的に寝不足な頭に少し煩わしく感じられた。錆び付いたバス停と、その隣に、ペンキの剥げた赤のベンチ。随分とレトロな光景だ。待ち合わせ場所は、降りたその場所でいいと言われていた。


「――おっ、居た居た。電話くれたバーナビーくん?」

 そんな声が掛かったのは、結局バスから降りてから10分後、日差しに堪えかねた僕が木陰に移動してからだった。
 振り返ると、へらへらとしたおじさんが片手にぶら下げた瓢箪を掲げていた。格好は想像していた通りの袈裟――黒い着物の、襟の部分に刺繍が施された金色の布を垂らした格好だけれど、受ける印象がどうにもだらしない。よれた布のせいもあるだろうし、だって、バスの発着は全て時間通りだったのだ。段々と重くなる肩や人が居ないのに聞こえてくる声にただでさえ苛立っていた僕に、悪びれた様子のないその笑顔に受ける印象は悪い以外の何物でもない。

「どーも、鏑木虎徹でっす!」
「……バーナビーです。はじめまして。」

 何より、酒臭い。まさかまさかと思っていたが、瓢箪の中身は酒なのか。しかも昼間から飲んでいるのか。僕を待たせておいて! 好感度も何もない。依頼は取り消して、すぐにでも帰りたいという気持ちがむくむくと膨れていくのを僕は感じていた。

「遅れて悪いなぁ、バスの時間勘違いしててさ!」
「はあ、」
「じゃ、お話は寺の方でってことで、さっさと行くかー。」

 軽い。何だこの軽さ。やっぱり帰りますとは言えないまま、僕は渋々歩き出した。其処に着いたら、言おう。つい先日もこんな風な、人当たりばかりが良い胡散臭い人にお金を騙し取られそうになったばかりなのだ。真っ昼間から飲酒をする坊主なんて、誰が信用出来るというのか。
 茹だるような暑さの中、左右に田んぼや林ばかりの広がる道を進んで行く。少し先を歩く彼は、先程から取り留めのない世間話を僕に振りながら、何処か上機嫌な足取りをしている。暑いなあだとか、お前の住んでいるところも同じくらいかだとか、好きな食べ物やら、どうにも必要性の感じられない話ばかりだ。少し馴れ馴れしすぎやしないか。僕は、僕を長らく苦しめる心霊現象の解決だけを望んでいるのであって、未知の人との交流を目指した覚えはなかった。

「あの石段、登りきったら寺なんだ。この辺日陰だし、ちょっと休んでく?」

 暫く歩いて、左右が背の大きい木ばかりになった頃。彼はそんなことを言って立ち止まった。指差す先に、途方もない長さの石段を認めて、目が眩むような心地を覚える。体力には自信があったが、先程から斜めに掛けたショルダーバッグ以上の重さが、不自然に肩に掛かっているような気がしてならないのだ。ただでさえ気になっていたのだけれど、足が進むにつれて増していっているような。辛うじて水筒を取り出して水分だけを補給した僕は、けれど帰りたい気持ちがこの上なく高まっていた。

「……あの、先程から、肩が異様に重いんですけど。」
「小さいのから大きいのまで盛りだくさんで、何か百鬼夜行みたいになってるもんなあ。」

 そんな朗らかな笑顔で言われても困る。というか百鬼夜行は妖怪じゃないのか。「着いたら祓われると思って、こいつらも必死なんだな。」膝を付いた僕を、彼も覗き込むようにして座り込んだ。大丈夫かーなんて、大丈夫そうに見えるなら貴方の目は節穴だ。木陰に吹き込む涼しげな風に混じって、不快な冷ややかさが背筋を辿っている。

「そんないきなり話も聞かず祓ったりしないからさ、」

 口の中で何事か唱えた彼が、僕の肩を軽く手のひらで払う。瞬間あからさまに軽くなった肩に驚くよりも、僕は彼の言葉の方に引っかかり眉を顰めた。「ど、ちょっとは楽になった?」「……少しは。」「しつこいのばっかに憑かれちゃうのな、お前。」少し困った風に笑った彼が、僕の怪訝な顔に首を傾げる。
 さっさと祓ってくれないんですか。
 僕の小さく呟いた言葉に、彼は再び反対側に首を傾げた。僅かな困惑さえ顔に浮かんでいる。いや、だって、そりゃあ、

「何か無念があってだろうし、話が通じそうな奴とは話をしてからだな。」
「話って、」
「ほら、酒とか飲みながら……あっそりゃあ話通じない奴も居るぞ?」

 言葉を失うとはこのことだ。信じられない。意味が分からない。
 僕の傍には怪奇ばかりがあった。理不尽だけが僕を取り囲んで、恐怖以外を覚えたことなどなかった。人と違う僕に周りの人間だって優しくないことの方が多かった。それを慈しむと言っているのか。意味が、分からない。
 帰ります、と思わず口をついて出た言葉に、彼は大袈裟なほど反応した。何だよいきなりだなんて、僕はずっと帰りたかったのだ。勢い良く立ち上がった僕は、恐らく酷く険しい顔を晒している。

「そんな綺麗事を言う人を信用出来ません。」
「待てよバニーちゃん、まだ本題にも入ってねえぞ!」
「バニーって、何です、その呼び方!」

 僕の叫ぶような声に、彼が呆けた顔をしたまま指を差したのは、僕のショルダーバッグだった。正確には、それにぶら下がる、控えめな兎モチーフのシルバーのチャームを。「で、お名前バーナビーくんだろ?」響きも似ているし、いいだろ、バニーちゃん。そう言う悪びれない様子に絶句する。幼い子供ならまだしも、高校生である僕に対する呼び名ではないことは確かだ。

「これは両親に貰った魔除けです。馬鹿にしてるんですか!」
「してねえって……最近の若い子はキレやす過ぎるぞー。」
「ああもう、格好もだらしないし、昼間から飲酒しているし、馴れ馴れしいし、僕おじさんみたいな人苦手なんですよ!」
「だっ! おま、初対面の大人に向かって、そんなはっきり、」

 更に重ねようとしていただろう不満の言葉を、それでも意地で飲み込んだのだろう。苦々しい顔でがりがりと頭を掻いた彼は、まったくもうと疲れたように呟いた。

「だらしないなりに、お前みたいな生意気なガキだろうと幽霊だろうと、困ってる人を助けるお仕事としてのプライドがあるんだぞ?」
「胡散臭い……」
「あああもう! 分からず屋!!」
「新手の霊感商法であることさえ疑っています。」
「あのなあ、ちゃんと自分でも祓えるようにしてやりたいけど! 札とか壺とか買わせたりはしねえから!」

 え、と。言葉の前半部に、思わず彼のそのアンバーの目をじっと見つめると、彼はそれに気付いた途端にやりと笑った。そうしたら大分いいだろ、だなんて、そりゃあそうに決まっているけれど。

「……そういうの、限られた人しか出来ないと言われましたけど。」
「お前ぐらい見えるんなら、きっと大丈夫だって。」
「そんな適当な、」

 そういう方法を今まで思い付かなかったわけではないし、何ら意外なことはないのに、彼のその根拠のなさには呆れてしまう。「まあ、長くても夏休み中にって話だったよな?」お札くらい作れるようにはしてやるって、と、酷く穏やかな確信に満ちた声だ。信じがたい。一向に変わらない僕の訝しむ視線に、彼はふざけた様子で唇を尖らせ、僕に向かって指を突き付けてきた。

「お前のひねくれたところも何とかしてやる!」
「何の宣言です、それ。」
「まああれだ、とにかくよろしく、バニーちゃん?」

 結局はにやにやと笑いながら差し出された手を、僕は結局取らなかったけれど、踵を返さずに「バニーじゃありません。」と答えた僕に何処か満足げにおじさんは笑ったのだった。



(こんな感じの始まり方をするハートフル除霊ラブストーリー)(勝手に色々改変しちゃってネタ元のえのきちさんには申し訳ないレベル)
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