(紫黄/捏造少佐時代/4000キリリク)


 忘れることの容易さよ。



「いつも思うんだけどよ、突っ立ってるだけならもっと有意義な使い方すれば?」

 見ずとも後ろに直立しているだろうことはよく知っていた。だからカラフルなコードを散らばらせた机上から目を逸らすことなく、何とはなしに言葉を放る。表情だって、どうせ貼り付けたような薄っぺらい微笑だろう。何を考えているかなどは知らない。そんな程度の、長くも短くもない付き合いだ。
 案の定背後から、ふっと息を吐く気配がした。笑ったのだ。恐らくは、口元に手なんか持っていったりして。

「きちんと有意義に使っていますよ。例えば、報告書を頭の中で纏めています。」
「報告書って、あー、俺の観察記録な。」
「まるで少佐が、実験動物のようですね?」

 本来ならば言葉にしないようなこともさらりと言う、大部分柔らかな笑顔がどうにも喰えない。「まァ、違いないだろ、」くるりと振り返った先で、薄暗さに溶け込みそうな紫色が僅かに首を傾げたのが分かった。暗かろうと明るかろうと、どうせ良くは窺えないだろう金色の向こう側の目が、それでもゆるりと細められたのが分かって、悪態のひとつでも吐きたくなる。随分子供じみた感覚に、尚更微かな苛立ちも募るというものだ。

「此処は檻で、貴方が飼われているとしたら、少しだけ私が飼っているような錯覚さえ覚えますね。」
「おまえって、たまに結構気持ち悪いこと言うよな。」
「ひどい物言いだ。」
「まず俺が大人しく飼われてるワケねェだろ?」
「そうですね、全てはあなたの匙加減ひとつです。」

 思いのほか従順な賛同に、思わず怪訝な顔を向けながらも、そのままの体勢で幾つかコードを手繰り寄せる。表示させたままのモニターの青に眩く手元を照らされながら、男の次の言葉を待った。

「あなたが手放さなければ、此処は永遠ですよ。」

 そうして紡がれたのは、男にしては珍しい程に破綻した言葉だ。俺に向かってだろうに、祈るようでさえあった。そういうところが、喰えないと言っているのだ、俺は。上手いとでも言えるか。何か言いたいことがあるのだろうと、相手に悟らせるような含みのある物言いをする。
 そんな意図汲んでやるものかと、意地のように考えていた。選択を委ねるような物言いは、実にらしくもない。鮮やかなコードとコードを纏め、ひとつ歯噛みをした。何が言いたいのか分からないほど俺が愚鈍であったなら、そもそもこんなところには居ないのだ。

「――貴方がもし、居なくなるとして。」
 重々しい声音からは、何がしかの確信さえ感じられる。男は大層なリアリストだから、永遠など信じるような生き物ではないのだった。それでも嘘には騙されようと努めるような、性根の甘さが垣間見えて、俺は愉快と不愉快の狭間で感情を迷わせるばかりになる。

「今日の観察記録は、異常ナシ、か?」
「よくお分かりで。」
「おまえ、ホント、気持ち悪い。」

 苛立たしく吐き捨てた言葉に、男は声を上げて笑った。言いたいことがあるならハッキリ言え。予期せず掠れた声にさえ、男は口元の弧を崩さない。

「――寂しくなります。」
「清々するんじゃねーの、おまえも。」
「寂しくなります、……ほんとうに。」

 どこまでも自分に同情的な男だと思う。当たり障りのない言葉で、如何にして俺を抉るか考えているとき、これはひどく獰猛な顔をする。眉を寄せて、見ていられないような苦い笑みを浮かべる。寂しい顔、とでも、人は言うのだろうか。自分を選ばないのかと、そんな一言さえ交わせない程度の関係であるというのに、先程から男の言葉は上滑りするばかりで、分かり易く意図を透けさせている。俺に汲み取れと訴えかけてくる。
 寂しいとは、人の感情だった。もの悲しい気持ちだった。そんなものを理解したことは一度もなかった。心の端でも千切られたのなら「寂しい」のかもしれなかったけれど、俺の男に対するこの些末な感情が、そんな変化を自分に齎すとも思えなかった。ひどく小さな、取るに足らない、そういう同情めいた感情だ。しかし、確かに心の一部だろう。失った先のことが、実のところ、少しだって想像出来ない。

「……なァ、俺もなかなか、寂しいような気がするぜ?」

 笑みながら放り投げた、殆ど嘘でしかなかったその言葉に、最早返事はなかった。代わりに最後に聞こえたのは、大層丁寧に紡がれたさようならだ。さようなら、どうかお元気で。嗚呼何て良く出来た話だろうかと、どうにも笑えるではないか。



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 キリ番4000を踏んでリクエスト下さった雛さまへ捧げる紫黄です。紫さんはさようならの予感には殊更敏感ですよ、というあれこれで……特に指定がありませんでしたので、いつものような捏造少佐時代のお話になりました。というか贈り物なのにさよならの話でごめんなさい……! 何か不満がありましたら、お気軽にお申し付けください!
 結構お待たせしてしまいましたが、リクエストありがとうございました!

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