(橙と黄/未来捏造/新兵が曹長大好き)

ユ
│
ト
ピ
ア
は
く
つ
が
え
ら
な


 理想郷の夢を見ている。
 薄ら青く光を放つモニターを前に、恐らくは場所など関係なく同じようなことばかりをやっているだろう彼の、心中を知りたいと思うのはどうにもならない知識欲である。全てにおいていけ好かない彼が、一体何を思って生きているのだろうか、と。トロロはしかしそんなことを考えながらも、正しい方法が分からなかった。カードとなるような情報は皆無だった。そしてトロロはまだ幼く、クルルは抜け目のない大人だった。
 全く関係のないところで交わされていた会話の中に、見知った名前を見つけたとき、何も思うことなどないのだろうか。かつてあの原始的な星で、馬鹿げた取り留めのない日々を、それでも飽きることなく重ねていたのだろう。トロロは実際のところを殆ど知らないし、何も共有するものなどないけれど、そう考えていた。隊長が、だって、そういうような言い方をしていたのだ。その日々の息が長く続くようにと、動いたことが幾度もあった。あの中の誰にとっても特別だった星のことを、トロロは驚くほど何も知らない。
 素知らぬ顔でキーを叩き、モニターを見上げるクルルの背を睨むように見ていると、「仕事しろクソガキ。」と刺さるような言葉が飛んでくる。振り返っていないくせに。抱えたファイルに視線を一度落としてから、口を開いた。

「昔の仲間の、噂が聞こえても何ともないワケ?」
「別に?」

 どちらの返答だったのか。否定でも肯定でもなさそうな、曖昧な言葉だ。変わらずにやにやと笑い続けているものだから、トロロは唇を噛む。思いのほか穏やかな声であることが、余計腹立たしかった。

「知りたがりのガキに、特別に教えてやらねーこともねェけど、どうせ理解出来ないんだから無駄だろ?」
「そんなの、減らないんだからいいだロ。」
「減るぜ? 磨耗する。」

 言外に、磨り減ることさえ惜しいと言っている。今日の彼は機嫌が良いようだった。それは、さっき聞こえた、懐かしいだろう名前のためだろうか。何かしらが喜ばしいニュースだった。「まァ、でも、出力しないと消えるから厄介なことで。」その背が軽い調子で肩を竦める。さっきから立ち竦んでいるトロロとは対称的に、その手が止まることはない。

「まァ実際、姿見る機会は確かに殆どねーが、話だけならしょっちゅう聞くからなァ。」

 思っていたよりは、全然、何ら、変わりなく、と。声音はどうも上の空である。記憶の縁でもなぞっているのかもしれない。自分の恐れていたことが取るに足りないことだからというよりも、何はともあれ身近な存在で在り続けているという事実そのものに安堵したような調子だ。らしくもない抑揚で紡がれる言葉が、故意によるものだとは分かっていた。トロロは子供だった。まだ幼く、理解の出来ないことは沢山あって、未知のものは抱えきれないほどだった。
 最短の、僅かでもその琴線に触れるような言葉を探したけれど、やはり見付からない。これは一体何に心を動かされるのだろうか。トロロの知っている――想像していて、そうして間違っていないと確信出来る彼の大切なものは、その、瞼の裏に未だ在るだろう理想郷だけだった。

「……いまさら、すごく好きだったって顔するの、笑えるシ。」

 これみたいないきものが、何かに焦がれた顔をするのは、ひどくおかしい話だった。明滅する青いモニター、正体不明の数列が踊るのを見上げながら、クルルはあの耳に障る笑い声をあげた。小気味良い音を最後に手が止まる。別のキーに、腕が伸ばされる。

「好き嫌いだけで物事を括りたがるのはガキだぜェ?」

 少しも抉られた風ではなく、クルルが言った。ただ、そこで初めて視線が一瞬だけでもこちらを向いたことが、ひどく印象的だった。
 ああ、でも、と静かで柔らかな声が密やかに言葉を繋げる。クルルのそれはもうトロロに向けられたものではなかった。もうその目線はトロロを見ていなかった。モニターに並ぶ細かな数列の向こうに、あの真っ青な星でも見たように、まるで夢見るような、熱っぽい声音だった。

「そうかもなァ、」

 クルルがいとも容易く微笑んでみせる、その理想郷とやらの眩しさを、トロロは一生理解出来ないだろうという気がしている。横目に見たつり上がる口の端の、そのあまりの完成された具合にきつく歯噛みをして、それきりだ。馬鹿みたいな話である。もう二度とその手に戻らないからこそ、後にも先にも、彼にはそれ以上のものがない。


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