(CZ/英兄弟/円小学生パートの最後ら辺)




 ずいぶん長い間、ぼんやりしていたらしかった。
 夕焼け空の下で自分の長い影を見ていた筈が、気付けば鮮やかな赤は遠く、辺りは暗い青が覆っている。特に身になる思考を巡らせていたわけでもないというのに、冬場の日が落ちる早さというのは容赦ないものだ。
 ぼくの吐く息が白く散らばった先に、息を切らして駆け寄ってくる央の姿が見えた。巻いている暖色のマフラーとは別に、真っ青な、恐らくはぼくのためだろうマフラーを握り締めて、呆れるほど明るい声でぼくの名前を呼ぶ。

「円っ、帰ってこないから心配したよ!」
「ぼーっとしていたら、日が落ちていました。」
「もう……いきなり散歩に行くなんて珍しいなあと思ってたんだけど、どうだった、楽しかった?」

 たのしいとか、うれしいとか、前向きな感情を躊躇いもなく言葉にする央の脳天気さには常々辟易する。ぼくはそういうことが苦手だった。ずっとそう思っていたけれど、ぼくがひとつ頷くだけで央はひどく幸せそうにくちびるを吊り上げるので、そう悪いことではないのかもしれないと最近は思う。
 柔らかな手触りのマフラーをぼくの首に巻き付けた央が、ぼくを覗き込むようにしてにこにこと笑っている。兄が笑う理由は何時でもぼくには分からない、穏やかで容易い、優しい理由であるので、ぼくはどんな顔も出来ずにその眩しさをぼんやりと眺めるだけなのだ。
 なかば、と短く呼ぶと、なぁに円、と柔らかく返ってくる声には優しい感情が溢れている。央の背中だけ見ていれば良かったのに、1人になると周りの何もかもが不明瞭で困ってしまうと知ったのは、本当に最近のことだ。

「まーどかっ、早くしなきゃアニメ終わっちゃうよ!」

 歩き出した央が少し先で手を振る。歩く先を決めてくれる灯台みたいな、央はずっとそういう記号的なものだった。央にさえ従っていればいいという、もしかすると後ろ向きだったかもしれない感情に、央も彼女も良い顔はしないのだ。ぼくは最近ようやく、ぼくというものの名前を呼ばれたときに、うれしいと思う。

「……すみません央。」
「何で謝るのさ、変な円!」

 太陽の顔で笑う央が、ほんとうに手放しで大好きなわけでは、きっとなかった。人の感情の機敏なんて気にしたことはないだろう幼さや、ぼくにぼく個人を大事にだなんて、難しいことをさも当たり前のように求めるところや、空気を読むことなんてない騒がしさや、並べ立てる不満は限りなくて、けれど。
 まだまだ冬だね、真っ暗だね、と優しく繋がれる温かい手のひらを、狡いだとか憎いだとか、そう思ったことは一度もなかったのだ。

「うわあ円、指すごく冷えちゃってるよ! 帰ったらあったかいもの飲もう?」
「はい、楽しみにしています。」

 ――例えばこういうときに自然と緩む頬のこと、ぼくがたどたどしく言葉にしたって笑うだろう彼女のことを考えて、また少しだけ笑う。人はこれを、幸福と呼ぶのかもしれなかった。



福。

 CZ、移植前から大好きなのですが周りには仲間がいません。
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