(兎と虎/しあわせバニー/夢見がちきらきら)




 ふと目の覚めたとき、悪い夢を見たのかと尋ねる声の優しいことは、どんな言葉でも形容出来ない。幾度繰り返しても晴れることのない悪い夢を見て目の覚めるとき、隣で眠っていたはずの彼は必ずと言っていいほど、当たり前のように目を合わせ微笑んでくれるのだった。
 ひどくやさしい話をしている。緩やかに髪を梳く指の、手放しの寛大さはどう言葉にしても余りある。何時だってバーナビーは祈るような心地がしていた。

「悪い夢なんて、」
「すげぇなあ、睫毛に涙の粒とか。」
「……悪い夢なんて、見てないですよ。」

 額を合わせるほど間近で瞬く黄金色は、夢の続きのように眩しい。頬に添えられた手のひらの、それはもう、暖かいこと。彼はきっと、やさしい魔法が使えるのだった。真っ白なシーツが薄暗がりで光を放つようで、バーナビーは目を細める。悪い夢ならたべてやろうかと冗談めかして笑うから、やさしい夢でしたと穏やかに返した。悪い夢が、やさしい夢になるように。いつか彼が容易く紡いだそんな言葉ひとつで、バーナビーは、驚くほど鮮やかに救われている。

「むかし、こんな風に、目の覚めたとき。」
「おお、」
「たすけてって言った僕に、ちゃんとやさしかったような気もします。」
「うん、」
「……また嘘かも、つくりものかも、わかりませんけど。」

 今のバーナビーを形作っているはずの記憶をなぞって、どうにも堪らなくなるときに、肯定の言葉ひとつがどんなに尊いものか。よしよしと軽い調子で頭を撫でられて、やさしい声が名前を呼んだ。もう二度と失われないだろう、しかし不確実な自身の土台をいちから全て肯定できる夜に、幸福でないわけがなかった。
 眠れぬ夜は恐ろしくとも、今は隣に彼が居る。朝、ひとりならばする筈のない音がして、コーヒーの匂いさえ漂うとき、端から色付くような世界が愛しいのだ。目が合えば、歯を見せて笑ってくれる彼を見て、バーナビーは何度でもやさしい魔法に生かされる。ひどくやさしい、恋をする。
 よい夢をと弧を描いた唇が目元に落とされて、バーナビーの四肢に纏わりつくシーツがゆるりと重さを増した。そういうとき、柔らかなヴェールに似た微睡みがバーナビーを幸福に包む。他の誰でもないおまえが、よい夢を見られますように。明日も世界が、おまえにやさしいものでありますように。そんな風に祈る透明な声こそが、バーナビーの明日の始まりを幸福で彩ってくれることを、彼には未だ上手く伝えられていない。ひとつひとつ生まれ直すような、しかしそうして積み重ねるような朝が来ること、それがどんなにやさしく、素晴らしい、魔法のような鮮やかさであるかを、いつか正しく美しい、言葉にしたいと思っている。


 

title by 花洩
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