(折+兎/兎→虎前提)




 ワイルドタイガーはとても素晴らしいヒーローである。それはもう胸を張って言えるのだった。些か向こう見ずな行動が多く、正義の壊し屋というのも頷けるが、心根は誰よりも立派で、理想的なヒーローであるとイワンは思う。キングオブヒーローで色々と教えてくれるスカイハイと同様に、心中にそびえ立つような憧れの対象だ。
 他のヒーローたちもそうなのだろう。すべて受け入れてくれる寛大な彼に、心惹かれないわけがないのだった。例えば今、トレーニングルームを出て行こうとしたタイガーに近付いたドラゴンキッドが、幾らか言葉を交わしたあと、優しい手のひらに頭を撫でられていた。ドラゴンキッドが年相応の女の子らしく笑むのを見て、それなりに仲の良い自分も嬉しくなる。すぐ近くで羨ましそうに唇を噛むブルーローズに、確かに羨ましいなあと同調も覚えるが、そんなことは些末なことなのだ。彼は誰かを特別に思ってはいないだろう。相手が誰だろうと、どんなにか僅かでも救いを求めていれば、彼は両腕を無防備に広げてくれることは分かっていた。皆も分かっているだろうと、思う。
 だからこそ自分のすぐ横で、彼の相棒はきつく唇を結んでいるのだ。自慢の綺麗な顔に似つかわしくないほど、あからさまな表情の歪め方だった。

「……見ないでください。」
「……タイガーさんを、ですか?」
「決まってるでしょう、」

 正しい嫉妬のさまも分からないのを振りかざすようにバーナビーが言う。如何にも形式でしかない「先輩」の4文字が、薄く開かれた唇が落ちるのをイワンは見ていた。うつくしい人を見て何が悪いというのか、幼い子供の嫉妬は、決して人の行動を束縛したりは出来ないというのに。
 首に回したタオルを両手で引きながら、黙って後輩の顔を見上げると、透き通るような緑の瞳と目が合った。奇妙な熱の宿った瞳だ。何処かほの暗いそれは、不思議なほど凪いでいる。

「皆さんには、他にもあるじゃないですか。」

 ぼくにはもうあのひとしか。最後まで呟かれなかった言葉の曖昧さは、呆れるほどわざとらしい。まるでそうであればいいのにと祈るような切実さで、同情さえ誘えればいいという息の吐き方だった。まるで、そうであれば彼は自分を捨てないだろうと、強く言い聞かせるようでもある。再び唇を結んだ顔は、まるで道を失った子供のように、心もとなげに変わっていた。
 程なくして此処から駆け出すだろうこの後輩は、すぐさまその背を追いかけ、指のひとつでも絡ませることだろう。決して強く人を拘束なんて出来ない幼さは、確かに優しいあの人には有効的だった。
 しかし人に囲まれて笑う彼が、それでも一歩下がった場所で、遠巻きに世界を愛していることなど周知の事実なのである。正しく優しい大人である彼が、ひどく穏やかに絡めた指だって振り払えてしまうことも、そうしてそれに、おまえのためだよと残酷に笑うだろうことも知っているだろうに、それに縋ろうと言うのだから理解出来ない。恋とは、かくもややこしく難儀なものなのであった。



 これを恋と呼んでくれる。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -