(佐助から見た三成/佐幸佐と家三前提?/軽い宴ネタバレ)




「――あ、」

 その姿を見つけて、気の緩みから思わず声を漏らした口を慌てて押さえる。幸い、眼下を覚束ない足取りで歩く石田三成には、屋根の上で発した小さな声は聞こえなかったようだった。安堵の息を吐きながら、はてと首を傾げた。こんな夜半に、彼は何をしているのだろうか。
 まず石田の大将が1人だなんて、と珍しく思いながら、ついつい目で追ってしまう。ふらふら、ふらふら、今にも倒れそうな前傾姿勢で、驚くほどの鈍さで歩みを進める様は――常の様に輪を掛けて、迷い児のようである。
 言葉はなく、足音もなく、恐らくは宛てもないだろう。絶やすことはないように思っていた瞳の鋭い光も、今は見受けられない。
 ――こんな月の明るい夜に、悪夢を見たわけでもないだろうに。
だっていつもが悪夢の中に居るようでさえある人だ。そういえば同盟前に訪ねたのも、こんな明るい夜だったな、とふと思い出す。大して時を遡るわけでもないが、何とはなしに懐かしい。

「……影は嫌いだと嘯いた云々、だっけ?」

 あの夜の彼の言葉で、その時抱いた感情と共に覚えているのは、かろうじてそれくらいだ。多分、呆れにも似ていた。割と誰にでも無防備に友好的な主様が、少しばかり石田三成と距離を詰めた今、改めて呆れかえってしまう。
 普段あれほどまでに、かの裏切りが憎い憎いと喚き立てる割に、思い出を後生大事に今でも抱えているのは彼の方なのだ。いっそ気の毒でさえある。相手方はきっと、そんなもの全て自分の後ろ側に置いて、見限るみたいに素知らぬ顔で笑っているというのに。そうして、正しい動作で拾い上げて、慕わしげな声を上げるのも、きっとあの太陽のお人であることだろう。本当に、誰にとっても優しくない人だ。

 ――三成殿はいつも泣いておられるようだな。

 今日の昼間だったか、ぽつりと大将の零したその言葉を、ぼんやりと思い返す。人の心配する前に、とか何とか言いたいことは沢山あったような気がするけれど、人の身を案じて泣きそうな顔をする無垢は彼の美徳でもあると思っているから、どうにも責めづらかった。

 もしかしたら、今彼は、泣き喚き疲れているのだろうなと思う。それでも泣くのを止められないから、何処かの誰かさんだってそうするだろうように、思い出の残滓を眺めている最中なのかもしれない。
 ただただ、きっと最後まで、自分が思い出を大事に抱えていることになんて気付かないだろう人をずっと見ていた。泣いているみたいだと俺に伝えた旦那は、本当に心底、彼を案じているのだろうと、そんなことぐらいは容易く知れる。しかし、それでも、何をどうしようとは思わなかったし、何がどうなるとも思えないのだ。

「……旦那がああならなきゃ、いいかな、俺様は。」

 時折、石田三成を見ていると、もしかしたらの未来を思ってやりきれなくなる。ただ一つしか見えない盲目は身を滅ぼしてしまう。そうなることは決してないだろうと、何処かで安堵もあるが、どっちもどっちの感慨だった。
 独り善がりに同情して、それでも願うのも思うのも、自分にとって大切な1人だけなのだ。あまり好きではない誰かに勝るとも劣らない身勝手さに、声をあげて笑いたくなった。それだけの夜だった。
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