(紫と黄/捏造少佐時代/理解したくないのか出来ないのか)



 ――時折貴方に、どうしようもなく触れたくなるのです、

「少佐。」

 響き続けていたリズミカルなタイピングの音が、私の声を切欠に緩慢になり、やがて止まった。不機嫌そうに私を仰ぎ見る幼い顔に、にこりと微笑めば、尚更深まる眉間の皺である。
 そろそろ休まれては如何ですか。これ以上は体調を崩してしまいます。
 言えばくるりと椅子を回し、真意を探るように私の顔を覗き込んでくる瞳の色は、不思議と深い。「さっきの、」この薄暗い場所に閉じこもってばかりいるからか少し掠れている声が、ゆっくりと尋ねる。

「さっき何か言ったろ、最初の方、どういう意味だよ。」
「言葉通りですよ。」
「……俺に触れて、何かメリットがあんのか?」

 不愉快というよりは、むしろ、純粋に図りかねるといった調子で少佐は言った。この人のこういうところを、子供だと思っている。まるで幼子のようですねと、隠すことなく言えば不機嫌さを増した彼に、また微笑んでみせた。

「勿論あります。しかし、」
「明確な言葉には出来ないと?」
「ええ、申し訳ありません。」

 納得しかねるといった風に、俯き暫く考え込んでいた少佐はしかし、すぐに興味をなくしたように顔を上げた。

「……互いに理解の出来ないことを口に出すのは、利口じゃねェな。」

 突き放すように紡がれた言葉が、どうにもこの小さな上官らしくなく、私は少し驚いてしまった。「しかし私のような生き物は、貴方のような人を慈しみたいと思うものです。」答えにならない答えに、それでも少佐は喉を鳴らして笑う。下らないと嘯く、その声はいつもの少佐のものだった。

「そういう下らねー理屈に、まともに取り合うつもりは一生ねェよ、」

 尊大に、朗々と、少佐は言う。
 嘲る声さえこんなにも通る人を、私は知らない。にやにやと浮かべられる意地の悪い表情に、歓喜にも似た感慨で胸中は満たされた。形容する術を持たなかったけれど、確かに彼へと向かう感情の全てだ。
 そして不意に、レンズの向こうで僅かに目を細められる。久方振りに名前を呼ばれたような気もしたが、唇の動きさえ捉えられなかったから、気のせいだったのかもしれない。

「俺が幼子のようだと言うなら、アンタは大人の典型みてェなものか。」
「……ええ、大人は子供を慈しむものですね。」
「上手い言い訳だな。」

 幾分愉快そうに、肩を竦めて笑った姿に、私は少し眉を寄せる。何を示しているのか、今ひとつ理解が追い付かなかった為だ。少なからず揶揄されているようである。
 大人ねェ、と間延びした声で、舌の上で転がすように呟いた後、再び笑みが嘲るようなそれに変わった。言葉はなく、しかし、失望する仕草だ。だから安堵のように、私は笑う。この人にさえ未だ理解の追い付かない感情を、私自身理解しないまま、振りかざしているのみである。

「慈しみたいことだけは、理解しているのですが。」

 ゆっくり口元だけを吊り上げ、その日少佐は、それきり言葉を発しなかった。




理論の根底に揺らぐ魚は私を見ても笑わない
title by 花洩
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