(緑+黄/さびしがり曹長)



 くーるる、と何処か呆れを孕んだ気安い声が頭上から聞こえて、目を開けた。そうして見えたのは、寝転ぶ俺の頭の横に手を付いて、俺を覗き込んでいる隊長だった。深い黒を帯びた瞳が、幾度か瞬いてから細められ、笑みの形を作る。

「どしたの、我輩の部屋で瞑想でありますか?」
「……まあ、考え事ではあるぜェ。」

 肘を付いて、上半身を起こした。頭が少し痛んで、靄が掛かっているようだったから、知らない内に眠っていたのかもしれない。
 隊長は俺と目線を合わせるようにして、へらりと顔を綻ばせる。

「クルルがそーやって無防備だと、何かこう、嬉しいでありますなぁ。」

 チミはいつも引きこもっているから、とそんなことを言う。人のこと言えないだろう、アンタ。この星にプラスチック模型を作りにきたみたいな風に、飽きることなくニッパーを握る指が、俺の頭に触れた。ぽん、とほんの一回、掠る程度の接触だ。温度も感触も大して残らないようなソレに、一瞬、どういう顔をすればいいのか分からなかった。
 ――平穏と安寧は毒である。
 蝕むように、本来の思考を麻痺させていくのだ。昔、自分は、何をどう考えて、あの場所に居たのかだとか。今、自分は、何がどう変わっても、仕方のないことを知っているのに、だとか。
 つまるところこの星は、さながら毒の沼だった。此処には後も先もない。緩やかな今だけが延々と続いてくれるのではないか、だなんて。甘い錯覚だけを与え続けるだけで、前後の区別すら人から奪おうとする。

「なァ、たいちょー。」
「んー?」
「前後左右が良く見えねーんですけど、俺。」

 瞳の黒が、一瞬だけ、底の見えない深さになる。柔らかい夢想の輪郭だけを辿る。毒で全てを忘れられるわけでもないし、どうしようもない物事とそれに伴う寂しい結末なんて、考えるだけ無駄だと知っている。
 緑色は笑って、さもそれが全ての真理であるかのような確信に満ちた声で言うのだ。

「良いんでありますよ、それで。」

 いつか、微睡みから覚める前にふと訪れるこの寂寞が、此処に体現されたとして。この人はやっぱり、こんな風に、無責任に笑うのだろうか。後も先も上も下もない麻痺した脳に、それでもそうやって、全てを手放しに肯定してみせるのだろうか。
 俺は知っているのだ。
 嗚呼、と思う。気安さと容易さで以て呼ばれる己の名前なんて、久しく聞いたことはなかったのに、



(だからあんたらはいやなんだ!)
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