(紫→黄→赤/過去形と現在進行形の片思い)



「こんなことなら、」

 それは我ながら、悔やむような色をわざとらしく加えたと分かる声だった。
 俺は大概意地の悪いいきものであるから、振り返らずに続ける。背後の、あるいは俺より意地の悪いいきものかもしれない男は、先を促すように相槌を打った。
 こんなことなら、

「あの日、お前に少しでも触れておけば良かったよ。」

 ふと思い返す度に、その記憶が随分と昔のことであると再確認をした。吐露する心情に関わらず震えもしない手のひらが、一方的に俺に触れて、独善的に俺に温度を伝えたただひとつの日を、今でも馬鹿馬鹿しいと鼻で笑える。
 背後から聞こえたのは、苦笑するような息の音だった。「貴方も、物事を悔やむんですね、」そうやって、吐息のような微かな声で、男は言うのだ。馬鹿馬鹿しいだろう、と誰にともつかず俺は笑う。

「お前に関することばかりとでも言ってやろうか?」
「それはそれは、……まるで告白のようで、良いかもしれませんね。」
「馬鹿じゃねぇの?」

 俺の座る椅子が、背凭れを掴む男の手によって回転させられる。久しぶりに直視した気がする紫色は、相も変わらず後ろ向きに鮮やかな色だった。
 こんなことなら、とは、どういうことですか? と穏やかなふりをした声が問う。
 少しも笑ってはいない金色の向こう側の瞳を、やはり馬鹿らしいと思いながら、俺は笑い飛ばすつもりで声を出すのだ。

「あの日、お前に少しでも触れていたら、お前の説いた愛とやらが理解出来ていたかもしれねェだろ?」

 俺は今、お前じゃないいきものに対して、愛に関することでひどく狼狽しているのだ、と。俺の言葉を、男は当たり前のように肯定する。もうその必要もないのにどうにも抜けないという敬語は、嫌味のようだった。この男に限って、切り換えられないものなどある筈がないのだ。
 真正面で笑う、紫色が揺れる。ならばと、ゆっくりと伸ばされた両の手のひらが、いつかとは違ってしっかりと俺の頬に触れる。いつか、触れるか触れないかの位置で、愛に似たものを説いた手のひらとは決定的に違う動きに、ぞわりと背筋が冷えた。存外愉快なその感覚を、咀嚼するつもりで目を細めてみせる。

「ならばあの時、無理矢理にでも、触れてしまえばよかったですね。」 強制的に合わせられた目線の先で、やはりその男の色が、後ろ向きに鮮やかだったものだから。俺は正反対の、ただひたすらに、馬鹿みたいに鮮やかな色を連想せずにはいられなかった。お前にどう伝えれば分かるだろうか。好きになるのがお前じゃなくあの人で良かったと、俺はこんなにも満ち足りている。
 思い浮かべる中でさえ鮮明なその人に向けて、どうにも幸福な気持ちで口元を歪めたまま、繰り返すのだ。

「――こんなことなら、」
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