(青黄/ある意味、精神的に変な感じ)




「――ちょうそう、って?」

 不意に響いた間の抜けた声に、ぼんやりと眺めていたモニターから視線を上げ、くるりと椅子を回す。すると何時の間にか斜め後ろにいたドロロ先輩が、何処から拾い上げたのか小さな紙切れをまじまじと眺めていた。「……何スか?」尋ねれば、彼は指先でくるりと紙を回し、文字の書いてある面を向けてくる。其処には、俺のものであろう殴り書きの、この国の文字が書かれていた。
 ――ちょうそう、と。暫く考えてから、1つ思い当たるものがあって、短く答えた。ヘッドフォンに手を当て位置を直しつつ、些か投げやりな心持ちでその紙の折れた端を見つめながら。

「多分ソレ、鳥葬。鳥に喰わせる、この星の葬法のひとつ。」
「それはまた、……何とも言えないでござるな。」
「何だっけか、経緯は忘れたけど、興味があったんスよ。」

 そこまで言ってから椅子を回し、またモニターへ向き直る。今は特に差し迫った用事がある訳でもないが、こういうタイミングでドロロ先輩を見ているというのも嫌だったのだ。
 彼は暫くそのまま、俺の斜め後ろで身動きさえしていなかったようだけれど、不意に、ようやく俺の言葉が伝わったかのように「鳥葬、」と短く呟いていた。
 響きから意味を確信出来ずに調べたら、とんだグロテスクだった。海を隔てた遠いところで、如何なる神聖な理由があっても、俺には少しの隔たりがある。隔たりを感じることが薄気味悪かった。そういう境目を目の当たりにすると、どうも変な気分なのだ。全てが俺の手から離れていくような心許なさにも似た、何を今さらと笑いたくなるような、あの感覚は正しく形容出来ない。

「丁度、あの辺。」

 だからかは我ながら考えるのも無意味なので分からないが、ふと思い立って、モニターに大きくこの惑星の姿を表示し、曖昧な指差しをする。少しも場所なんか伝わっていないくせに、そうでござるかと無責任な相槌を打つ彼のそれは、優しさというよりもっとずっと邪なものであると俺は知っている。
 それはもう、一種の佞奸さだった。
 要するに口先だけの嘘っぱちである。ドロロは救いようのない嘘吐きなのだ。穏やかに、柔く微笑んで、首を傾げてみせる。馬鹿じゃないのかと言えば人並みに傷付いた顔をするなんて、吐き気しか誘発しないというのに。

「食べられたかったの?」

 そう尋ねられた時、ほんの一瞬、理解が追い付かなかった。柔らかで穏やかな声のまま、彼は言ったのだ。いっそ薄ら寒くさえ感じる変化の無さに、俺は一向に慣れないで居る。
 椅子は回さない。そのまま、何も返さないで、モニターを地球からさっきまでの数字の羅列に変えた。流れる沈黙。恐らくは微笑んだままだろうその人。先に堪えかねたのは、当たり前のように俺だった。こういう時、この人に、常のような言葉は通用しない。

「俺が?」
「他に居るのでござるか?」
「……残念ながら、居ねーなァ。」
「変な意味はないでござるよ。純粋に、クルル殿には葬法や宗教や、そういうものに関わらずにそんな願望があるのかと。」

 その質問に、変な意味以外の何があるというのか。俺には汲む気もなく、佞奸な彼はそのスタンスを崩す気もないらしい。「だから、ねぇ、」その柔順さが、嘘であると俺は知っている。

「食べられたかったの?」

 真上から声が響く。首を反らし見上げた、逆さまの視界の中で、ただ、空色が穏やかに細められていた。
 しかしその色の奥だけがぎらぎらと――それこそ何処かの猛禽類のように見えて、俺は笑った。肺から空気が洩れたような、掠れて拍子の外れた笑いではあったけれど。

「……ドロロ先輩にだけは、ぜってー嫌っスね。」

 だから俺は、答えにならない答えを返す。そうすれば、同じように笑うと分かっているのだ。どんな意味も関わらないところで、どういう答えを求めていたというのか。
 ――佞奸なままでありたいならば、それらしく、最後まで無害でいればよかったのに。



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