たった一度だけ、彼に花を贈ったことがある。
 取り留めのない会話の途切れたとき、何の気なしに、足元にあった名前も知らない花を摘んだのだ。ただ言葉もなく差し出したそれを、彼が受け取るとは思っていなかった。だからこそ、白い指に渡った花の色、茎の頼りない細さは鮮やかで、今でも時折思い出されるのだろう。
 感情の色のない目を伏せ、つまらぬことをと嘲った顔に、決して正しい顔は出来なかった。ただ笑いたかったのだ。それでもおまえに渡してみたかったのだと、気の利かない一言さえ添えて、その頭の隅に花の一輪でも咲かせておきたかった。渡したいものが沢山あって、誰でもない自分のために、彼を満たしたかったときがあった。
 堪らなく胸を塞ぐ、苦しいような、声を上げたいような感情の名前を、長曾我部は結局知らないままだった。


道を切る。

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