「眠れない。」

 真夜中、自分のテリトリーに侵入されたというのに、先輩は俺がしおらしく放ったその一言で顔色を変える。本当に、容易くてお人好しな人だった。狭いテントの中、寝袋から少しばかり緩慢な動作で這い出して、座り込んだ俺と目線を合わせるようにしたかと思えば、戸惑った顔のまま、そのくせ「どうした、」と尋ねてくるのだ。お人好し以外に何の言葉を投げられるというのか。

「眠れないんだよ。」

 悪夢でも見るのかと先輩は尋ねてくる。それも最近よくあるけど、今日は違うぜとゆっくりと俺は返す。地面の温度を直接伝える、床とも言えないテントの底面に手を付いて、すいと顔を寄せてみた。目を丸くしたその顔を上目に見ながら、口端を上げる。

「……心臓の音が煩い。横向きで寝ると、よく音が分かるだろ? 意識したら、もうダメだな。眠れねェ。」
「ケロロや、他を訪ねても、良かったんじゃないのか。」
「俺は、先輩に助けて欲しいんですよ。」

 その手を掴んで、自分の頬に触れさせる。先輩に、と。自分でも意味が分からない俺の言葉に、それでも、この赤は揺れるのだ。瞳を細め、口を閉じ、身動いで。どうにもならないことを、どうにかして音にしたいように。

「止めてくれないか、そういう、」

 そうして言葉に困ったように詰まって、諦めたように頭を振る一連の動作が、俺には訳が分からないくらい流暢で懐柔的に思える。誰のせいだと問われれば、間違いなくアンタらのせいなのだ。俺は別に、どんなに眠れなくたって構わなかったのに。
 赤が不確かに揺れるのを、別世界の出来事のように見ていた。視界は不明瞭で、足元には浮遊感がある。
 ゆっくりと、手のひらがひどく不慣れそうに、後頭部へと添えられた。それはそのまま撫でるように動いて、聞こえるのは、いっそ信じられないくらい穏やかになりたがる声だ。

「……放っておけなくなる、だろう。」

 バカだなあと俺は思う。
 そうやって、そうなって、そうしたら。それはもう馬鹿みたいに、幸せな気がしないでもないんですよ、俺は。



 21.ナイトメア
 先輩大好きな曹長が好きだなあと改めて思いつつ。
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