一口に言い表そうとすれば、この男は性根が陰険で考え方もすることも陰鬱で陰惨としたものを好む、酷く人を害することを是とする生き物だ。間違いはなく、どうにも動かせない事実である。 だというのに、時折その存在の根底を揺らがせながら、男は俺に手を伸ばす。
「……冷たい、」
ひたりと頬に当てられた手のひらに唸るように言えば、目の前でクルルは楽しそうに笑った。思いのほか裏のなさそうなそれは、何度見ても見慣れない。笑う理由が解せないのだ。
「もうちょい、こう、ねェのかい?」
笑いながら、両頬に当てた手をそのままに顔を寄せられる。合わされた額は、やはり、どうにも不似合いに幼い動作だった。 それと僅かな不満げな声の調子とに眉を寄せ、ひどく重たい瞼を一度閉じた。
「夜遅くに訪ねてくる貴様の相手をしているだけ、感謝されてもいいと思うが。」「あー、まー、それなりに申し訳ねェとは思ってるぜェ?」 「よく言う、」
今日の鈍く痛い頭のことを言えば、すんなりと引き下がるだろうことは分かっていた。こういう夜に限っては、クルルはとても無害で、当たり障りもなくあろうとしていた。何をどうしたいとも言わず、恐る恐るの触れるか触れないかの曖昧な戯れだけで、満足したように笑うのだ。理由は分からないが、それはそれは不慣れな笑い方で、笑う。
「すきです。」
甘ったるい声が言って、しかしコイツは、俺に同じ言葉を望んでいない。ただ俺が受け取るだけで良いと言う。どうにもならないことを知っているから、それが良いと言う。俺の両腕から溢れて零れ落ちそうになる言葉たちを見て、満ち足りた顔をするのだ。
「すきだぜせんぱい、」 「……ああ、知っている。」 「なら、よかった。」
存在を害悪としてしか置きたがらない男が自分に向ける、出来うる限りに無害な感情に、どういう顔をしてやればいいのか分からないのだ。 恐らくは、とても、悲しい。
38.ヨット・ハーバー 私はいい加減黄赤を幸せにすべき。「シーソー」と根っこが同じ感じ。
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