いっそ最も極端なことを言えば、一頃の俺にとっては、喜びも悲しみも幸も不幸もすべてはどうしようもない文字の羅列でしかなかった。

「幸福って何だと思う?」

 だから、ドロロ先輩が真面目な声色でそう尋ねてきたとき、実のところ俺の頭の中には大した感慨も無かったのだ。
 椅子を回して、ラボの壁に背を付けて膝を抱えるようにして座っている先輩を見たのは、要するにパフォーマンスである。そうして見たところ、彼はどうにも思い詰めた顔をしている。たまにする鋭い目に、子供が泣くのを堪えるような情けない色味が加わった感じの、苦い顔。
 ――今までの経験からして、貼り付けたみたいに大人であるこの人の化けの皮が剥がれるのは、良くも悪くもたった1人に関するときだけだった。

「……一応聞いときますけど、隊長と何かあったんスか?」
「ケロロくんの幸福の中に、僕は居ないんだろうなあって思ってたら、ふとね。気になったんだよ。」

 良く分かるねと、細く長い溜め息を付きながら抱えている膝に片頬を付ける姿は、どうにも幼い。隊長が絡むと、この人は時折どうしようもなく子供でしかないのだ。

「ま、隊長の幸福はガンプラ関係にありそうだなァ。」
「……やはり、隊長殿の意識に根付きたいと願うことは、烏滸がましいのでござろうか。」

 ひどく寂しげにぽつりぽつりと言葉は落とされる。上手い言葉がとっさに浮かばなかったが、きっと俺はドロロ先輩を哀れんでいるのだろうと思う。多分一生ひとりなんか選ばないだろう人の一番に成りたがるなんて、可哀想だ、と。
 ――すきなひとの、幸福の一部になりたい。
 それが烏滸がましいのか、慎ましいのかもさっぱり分からないけれど、少なくとも俺が今まで眺めて理解していたつもりでいたものより底の浅い感情だとは分かっていた。そうして、それでいて、理解よりももっとずっと広がりのある不安定なものだとも。
 不愉快にも似た感覚に眉を顰めた俺に、ドロロ先輩は慈しむように息を吐いた。

「……まるで幼子のようでござるな?」

 鮮やかに笑う顔に、気の遠くなるような世界の広がりを思って、思わず柔く目が眩む。



23. ヌーヴォー


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