腕を引く。
 怪訝そうに眉を顰め、低い声で訝しげに名を呼ばれる。

「すきです。」

 声を上げて、また腕を引く。
 椅子に腰掛けた此方の顔を伺うようにしながらも、引かれるままに僅かに屈む先輩のそれは優しさではなかった。知っている。好きだ。言えば眉を顰める。

「嘘みたいに、好きだなぁと思うんスけど、」
「……おい。」
「俺様にしちゃ殊勝なことで、たまーにこうやって口に出して、アンタがそれなりに相手してくれると満足するんだよなァ。」

 我ながら燃費が良いことだ。呆れるほど、堪らなくなる時がある。これを好きとか恋とか愛とかいう言葉で括っていいのか分からないほどに、ただ悠然と聳え立つ何がしかの感傷。
 大半好きだに要約出来る長々と続く俺の文句に、そのつど律儀に一言ずつ口を挟んでいた先輩は、最後には哀れむように俺の手の甲に触れる。馬鹿みたいに定型化された流れだった。今日ばかりはその腕を引くためにある手を静かに撫でる指をも、優しいとは呼べないのに。

 この人の、こういうところが好きだ。
 綺麗過ぎない、それなりに耳障りの良い言葉とそれなりに深い動作を心得ていて、根本に根差す潔癖な人間らしい感情に、それでも決して形を崩したりしないところ。ああそうだ、どんな仄甘い感情にも柔らかな幸福にも、揺らがない筈だったろう、この!

「……好きだ。」
「ああ、散々聞いた。」
「そこで謝らないとこがクるんだよなァ……」
「馬鹿じゃないのか……?」

 ――この人の、たったひとつの感情に、容易く振り回される姿ばかりが目につく。
 傍目から見てあれは正しく恋だった。感情に当然のように見返りを求める、人の思う恋そのものだった。
 腕を引く。眉を顰める。名前を呼ばれる。浅ましく満たされる心の何処か。恋ではなかった。俺はただそれだけだった。

 ただそれだけの、感情だったのだ。



12.シーソー
 あなたを焦がす、うつくしい恋になってみたかった。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -