いつかの話をしましょうか。 私の予言は良く当たるんですよ、と嘯けば、少佐は振り返らないまま投げやりな声を上げた。先程からタイピングの音も軽快とはいえない緩慢なペースで聞こえてくるから、随分飽きているらしい。
「休憩なされたら如何です?」 「誰かさんが馬鹿みてーに仕事持ってくるから、んな暇ねェよ。」
冗談めかした調子の拗ねた台詞に、小さく笑う。その身に降りかかるありとあらゆる不条理が、すべて明晰な頭脳のせいだと理解した上で、彼は楽しげに不条理を処理していくのだ。遠巻きに眺める世界を愛しても、心を動かすものは少ないだろうに、と。私はそれを、恐らく哀れみで見ていた。
「……アンタ意外に無駄話好きだよなァ。暇じゃねーだろうにやたら此処に居るし、世話係も大変だろ?」
呆れたように、頬杖をついた少佐が呟く。もう指先はキーに触れておらず、一時間は前に私が置いたマグカップとテーブルの接触面をなぞっていた。 一歩、その小さく丸まった背に歩み寄って、一瞥も寄越さない彼の為ではなく微笑んでみせる。
「いつかの為に、貴方のことを知っておきたいのですよ。」 「さっきのいつか、か?」
曖昧なことが嫌いな目の前の小さな上官は、嘲り半分に声を上げた。すべて頭で理解出来る事柄ばかりだと信じて疑わないのは、幼さだろうか聡明さだろうか。いつかの視点から懐かしめるような変節が、如何に俺に訪れるというのかと、鋭い目線と共に尋ねてくるのだ。
「貴方はいつか、主観的に世界を体感出来るようになりますよ。」 「……何だそりゃ。」 「そうやって当たり前のように、愛されたがって声を上げます。」 「俺が?」 「ええ、貴方が、必ず。」
少なからず貴方を後ろから眺めた上での私の予言だった。 彼を不条理へと貶める、理解出来ないことなど無い頭を、刺さるばかりの言葉を吐く細い喉を、不可能をひとつも知らない指先を――その存在のすべてを。 用いるではなく慈しむ者が現れることを。確信として抱えていることを、さも心からの願いのように祈っている。
「……それがお前自身だって言わねーのが、狡いよなァ。」 「だって少佐、貴方は私を選ばないじゃないですか。」 「てめーこそ、」
な、と同意をもとめように小さく首を傾げて私を仰ぎ見る瞳の色が酷く深かったのを、やけに鮮やかに覚えている。それは確かに、悔やむでも惜しむでもない在り方だったのだ。
それは彼が居なくなる、たった数週間前のことだった。
30.ホロスコープ 占いのイメージから。何だかいつも紫黄は半両想いみたいな感じに……。
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