ねむれない。
青いのが呟いた、今晩最初の台詞だ。 薄暗がりから浮き上がるようにラボに現れた青が纏っていたのは、いつもの忍者服ではなかった。そうしてくすんだ緑色の着物の裾を落ち着きなく指先で弄りながら、その動作や声音の割に穏やかである。
「たまにね、本当にたまに、木々が擦れる音が、何か不穏で嫌なものを思い出させるんだ。……どうしよう?」 「んなことは知らねーなァ。」
目映く網膜を貫くモニターの青白さに背を向けたまま、ドロロ先輩を振り仰ぐふりをして、実のところその後ろ側だけを見ている。この人が滲み出るように現れる、濃い影のことだけを考えている。こんな夜は、直視するには不快な程度の、嫌な笑い方をするのだ。自嘲だろうか。何処か困ったようにも見えるその顔は、どうにも形容しにくい。
「隊長や先輩のとこ行けよ。オトモダチだろ?」 「二人には言えないから。多分、結局のところ、とても心配してくれる。」 するりと自然に伸びてきた手が髪に触れて、そのまままるで諭すように言った。それはまあ、そうだろうと俺は思う。他人に心を砕ける人達が、自分の為にそうするということは、酷くどうしようもないような気もする。
「俺は俺で、忙しいんスけどね、」
やさしい人は、怖い。 口には生涯出すつもりもないが、恐らくは共有している根本的な理解だった。だからこの人は、俺の前に現れる。こんな、日がな薄暗い場所に。わざわざ薄暗い夜を選んでは、濃い影と共に浮き上がるのだ。
「きみなら、笑ってくれると思っているから。」
そうやって分かち合う眠れない夜を、誰が何時、明かしてくれるというのだろう。 つまるところは何処までも不毛で救いのない、何ひとつ芽吹かない暗闇でしかない。繰り返しの悪夢を恐ろしいと、俺達は思っている。泣きたいと思っている。
そうして、その悪夢の中で。 泣き出したい俺達を見て傷つくのは何時だって、やさしいだれかなのだった。
24.ネクロフォビア 相互理解の出来損ない。
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