(――俺は、反吐が出そうに甘ったるい色彩は要らない。未来のなさそうな柔い感傷も要らない。噎せ返るような優しさも要らない。 ただ、ずっとずっと、消えない為に、)
「好きですよ。」
何の脈絡もなく背後から聞こえてきた声は、不自然に掠れて、酷く不安定な響きだったように思えた。薄暗いラボに無頓着に散らばった、様々なもの――紙やら金属片やら菓子やら――を拾い上げては半透明のビニール袋へ放り込みながら、俺はそんな言葉に振り返らないで「唐突だな、」と大した反応もなく返す。背後でモニターを前にしているだろう男は、不安定なふりが上手い男なのだ。俺が放っておけないように、定期的にラボを酷く散らかしてみせたりすることを、知らないわけでは断じてない。
「先輩、先輩。」 「何だ。」 「もうホント、びっくりするくらいお人好しだよなァ、アンタ。」
揶揄するような声音とは裏腹に、何処か満ち足りたようにクルルは笑う。自分を放っておけない俺を造り上げたいくせに、やはりその点、この男は器用だった。
「……出来ることなら放っておきたいさ。」
言えば愉快そうに声を上げる、その感覚に、どうしようもない気分になるというのに。 先輩、と飽きることなく自分を呼ぶ声に、もうどんな顔をすればいいのかさえ分からないのだ。
「俺が居なきゃ生きていけなくなればいいのに。」
呟かれる言葉に混じっている諦念のような色が馬鹿みたいに嘘でしかないと、そんなことは重々承知でいる。色彩も感傷も優しさも、およそ人生において鮮明であるだろう諸々のものを、いつか男は要らないと言った。
「そう思わねェ?」 「馬鹿じゃないのか、……思う筈がない。」
そうして満足そうに笑ってみせる男が伸ばす手を、振り払える気もしない。色濃くなる、自分の中の諦念が、男と同じような取り繕う嘘だとは思っていないけれど。 それでも、段々と比重が偏っていくようなものだけが、心の中に欲しいと男は言ったのだ。
(おれをすきでいてくれませんか。)
43.ロマンス 黄→→←赤のようで、実はちゃんとつり合ってるような。
|