僕が人形を棄てた日






僕は人形です。

感情、表情は捨てろと言われました。捨てろというより、取り戻さなくても良いと。僕は元々感情が薄く表情を作れなかったのです。そんな人間らしからぬという理由から僕は独りぼっちでした。そもそも、人間らしいとはどういう意味なのか、未だに理解出来ません。しようとしません。いつものように路地裏で独りぼっちだったところを黒い影に覆われました。見上げるとまた黒。それは影も格好も黒ばかり。そして黒い人は笑いながら言いました。

「君、死んでるみたい」

と。
正直僕自身も生きてるのか死んでるのか分かりません。ただじっと黒い人を見上げていると彼はしゃがんで僕と目を合わせました。

「俺の人形になる?」

それが始まりでした。
この一言から僕は黒い人、折原臨也に拾われ所有されることになったのです。そして臨也さんは冒頭の台詞を告げました。

「感情、表情は取り戻さなくてもいい。むしろその方が面白い。体やつくりは人間でも中身はただの人形!俺の為の人形だ!偶には俺も趣向を変えて人形観察でもしようかなと思ってね、手伝いは覚えさせたら出来るし飽きたらいつでも棄てられるし楽だよね。だから君は飽きない限り俺の人形だ。そうだ、名前がいるなぁ。呼ぶときに困るし、女の子とか偶に人形やぬいぐるみに名前つけてる子いるし。うん、特別に名付けてあげる。そうだなぁ、何がいい?あ、じゃあ名前にしよう!昔飼ってた猫の名前なんだけどぴったりだ!じゃあこれからよろしくね、名前」

名前。
人形の名前、僕の名前。持ち主である臨也さんに付けて貰った名前。
こうして僕は臨也さんの人形になった。



「名前、コーヒー」
「どうぞ」
「さすが、もう何年も一緒にいたらタイミングまで分かるんだね」
「はい」

飽きたら棄てるという条件で拾われてもう数年。生活を共にし、使われてきた身としては臨也さんが今何を欲しているかくらいは分かるようになった。

「ん、美味しい」

満足げに笑う臨也さんはとても綺麗です。仕事をする姿や楽しそうな姿、怒ったときや笑うとき、人を貶めたりするときだって臨也さんはいつでも綺麗です。
そんな臨也さんに僕はよく分からないものを抱くようになってしまいました。

きっとこれは良くないもの。
人形が持ってはいけないものに違いない。
でも、消えてくれない。


僕は臨也さんの人形を辞めようと思いました。


「臨也さん」
「なに、名前?」
「僕、此処を出て行こうと思います」

そう伝えると臨也さんは目を見開いた。こんな反応をするなんて珍しいです。

「……理由は」
「僕が人形でなくなりそうだから」
「どういうこと」
「僕は臨也さんに抱いてはいけないものを持ってしまいました。幾ら消そうとしても消えてくれません。こんな感情が芽生えたら人形じゃなくなります。なので、臨也さんの傍にいられません」
「……それはどんな感情なのか言える?」

俯いてしまって表情は全く見えませんが、声色は珍しく不安定でした。今日は滅多に見れない臨也さんが沢山です。

「……色んな臨也さんが見たくなったり、触れたくなったりします」
「そう……ねえ、名前」

名前を呼ばれると正体の分からない感情が暴れそうになる。それを無理やり押さえつけながら、はいと答えた。

「俺、人形観察飽きたんだ」
「……」
「やっぱり人間観察が一番だ。ねえ、名前?」
「……では、」
「これからは人間になった名前を観察するよ」

ぐい、と腕を引っ張られると臨也さんは僕の肩に顔を埋めた。


「好きだよ、名前」



この感情の名前は、








  
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