そして僕は死んだ






俺の恋人の名前は、優しい。とにかく優しくて、この言葉以外名前を表す言葉は見つからないくらい。

だから、俺は甘えていたんだ。





「ただいまー」
「お帰り」

家に帰ると玄関に見慣れた靴があった。気分を良くして声をかけると予想通りの声で返事が返ってくる。

「来てたんだ」
「うん。……あ、」
「?どうかした?」
「……ううん、何でもないよ」

俺と目を合わせた瞬間に動きを止めた名前。だけどそれも一瞬だったし本人も何もないと言ったから特に気にせずにコートを脱いだ。

「はー、疲れた」
「お疲れ様。ずっと仕事だったんだ?」
「んー、まあね」

なんて嘘。
仕事は割とすぐに終わった。その後、ナンパしてきた男がいたから面白がって乗ってやったんだ。普段名前とヤる時は突っ込まれる側だから、こういう遊びの時は俺が突っ込む方なんだよね。

こんな事は初めてじゃない。突っ込まれるだけなんてつまらないから始めた遊びだ。
勿論名前の事は愛してる。そんなの比べられたものじゃない。
だけど、男としてやっぱり突っ込みたい時だってあるじゃない。名前に頼むっていう手もあるけど、名前にはずっとリードしていてほしいっていう願望があるし。

多分、名前は気づいてる。気づいてないフリをしているんだ。
だって、名前は優しいから。





次の日、また昨日の男が誘ってきたから夜に家を出ようとした時だった。

「臨也」
「名前、今から出かけてくるよ。居ても帰ってもいいからね」
「………帰るよ」
「そう?じゃあまた今度に予定が合いそうだったら──」
「もう臨也に会わない」
「……………え?」

降りかかってきた言葉に思わず振り返ると、今まで見たことのない無表情な名前がいた。

「別れよう」

淡々と告げる名前に、頭が混乱する。

「な、んで…」
「理由は臨也が一番知っている筈だよ」

そう言われてハッとする。名前は今から俺が何処に行って何をしようとしてるのか気づいてる。
でも、今までは許してくれていた。見逃してくれていた。
なのに、何で今になって…!

「…もう、疲れたんだ」
「疲れた…?」
「いつも違う匂いを纏って帰ってくる臨也に接するのも、気づかないフリをするのも、そんな臨也を飽きずにただ待っているだけなのも……」

つかれた。
そんな、ずっと優しかったじゃないか。だったら今だって優しくしてよ。何で突き放そうとするの。名前は俺の事嫌いになっちゃったの?

「…嫌いになんかなってない。こんなに浮気されても、俺は臨也の事が好きだよ…愛してる」
「だったら!何で別れるなんて言うの!?これからもずっと愛してよ!俺、名前の事愛してるよ?名前がいなきゃ駄目なんだ!」
「ごめん、無理だよ」
「っどうして!?」
「俺の心が、痛くて痛くてしょうがないんだ…」

そして名前は泣きそうなくらい顔を歪めた。見てるだけで悲痛になってきそうな表情。

ああ、俺はずっと名前を傷つけていたんだ。

優しさにつけ込んで、嗅ぎたくもない他人の匂いを纏わりつかせながら名前に触れて、心に傷をつけてたんだ。

「名前…っ」
「ごめん、別れてくれ。俺はずっと臨也が好きだから、臨也を嫌いになりたくない。好きなまま離れさせてほしい」

固まって動けない俺の隣を名前は通り過ぎる。去り際に、愛してると小さく囁かれた。

扉が閉まる音が響いた瞬間、目から涙が溢れだして止まらなくなる。
俺は、何て馬鹿なんだろう。

名前の愛に甘えてばかりで、手放してしまった。

「名前っ…ごめんなさい、ごめんなさいっ…好きだよ、ほんとにっ、好きなんだよ…!」


もう、届かない。








  
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