*2014/5/23ラブレターの日記念。未来捏造で兵部がボケてる。
【宛名のない恋文】
最近は少し寒い。それであんまりにも肌寒いから今は冬かと聞いてみたのだが、どうやらもう春らしい。天気とは不思議なものだね。
君に手紙を書くのは何年ぶりだろう。ちょっと、思い出せないな。まあ恐らく久しぶりだろうからそういう事にしておこう。
最近、調子はどうだい。僕は元気さ。あいにくちょっとやそっとの事で床に伏せる様な人間では無いんでね。まあ、寝てる時もけっこうあるけれども。そういう時だって誰にでもあるさ。
ああ、そうだ。君はまだあの組織に所属しているのか。なんだっけ。名前は忘れちゃったな。まあいいや。それなりにお偉いさんになったらしいね。あの船に一緒に乗っていた時期が少しはあったというのに、腹立たしい。
引退はまだまだ先だろうけれど、所帯はこんな老人にかまけてないで早めに持ったほうがいいぜ。君の好きにすればいいとは思うけどさ。
そういえば君に手紙を書くのは久しぶりだね。どうだい、最近肌寒いけれど元気かい。もう冬になるのかな。季節は早いね。風邪には気をつけるんだよ。そっちの国は日本よりもちょっぴり寒いそうだから。僕は元気だから、君は君のやりたい事をやるんだよ。そうする方が僕はうれ――
「……あれ?」
ふと湧いた疑問に筆を置く。
「おかしいな、僕はこれを誰に書いていたのだっけ」
どうしてかこの手紙の宛先を忘れてしまったのだった。最近物忘れが激しい気がする。
まあ、まだまだ現役だけどね。司郎たちも僕が居ないと大変らしいし。そういえば最近会ってない気がするな。ちょっと顔でも見に行こうか。葉も早く親離れ出来ればいいんだけれどね。
「さて、じゃあ行こうか」
よいしょよいしょと立ち上がる。あれ、僕はどうしてこんなベッドで寝ていたのだろう。ここもどうやら病室みたいだけれど、僕、怪我していたっけ。
……ああ、足が少しふらつくからコレが原因かな。後で治しとこう。
「こらこら、おじいちゃん何処行くの」
「おや」
とと、止められてしまった。軽々と抱えられてベッドに戻される。けっこうな力持ちなのだな。
って、誰だコイツ。勝手に僕の部屋に入りやがって、その上随分と失礼な事を言ってくれるじゃないか。
「君はだれだい? 僕はまだそんな年じゃないぞ、永遠の17歳だからな」
見よ、この若々しい肌! 美しくまっすぐピンと張った背筋! ……あれ、あんまり伸びないなあ。今日は腰の調子があまりよくないのかな。
「んー? そうかいそうかい、俺はアンディ・ヒノミヤ。ヘルパーさ」
ヒノミヤ? コメリカの方の日系人かな。どことなく聞き覚えのある響きだ。
青年は赤い髪と輝く青と黄の瞳をしていた。オッドアイか。綺麗な目をしているね。蜂蜜のような金色に引きこまれてしまいそうだ。
「へえ、看護師って事か? あいにく僕には必要ないぜ?」
そうそう、生体コントロール使えば怪我でも何でもすぐ治るし、万が一は超能力もあるからね。
そうだ、そもそも怪我も病気もしていないのだからそんな大仰に面倒を見てもらう必要はないじゃないか。変なやつだな。
「そんな感じそんな感じ。はいはい、リンゴ剥いたから一緒に食べような」
「リンゴ? わかった、それを食べてからでも遅くないしね」
リンゴは剥いてすぐが一番美味しいからね。色も塩水をちゃんとつけておかないと変わっちゃうし。
あれ、そういえば僕は何をしようとしていたのだっけ。……まあいいや、リンゴ食べよう。
「それと、ミルクな」
ふむ、中々に気の利く青年だ。僕の趣味をよく心得ているな。
「どうもどうも」
白い液体に満たされたグラスを手渡される。よいよい、ミルクは若さの秘訣だからな。彼もコーヒーよりこっちを飲めばいいのに。
ふむ、この青年の歳は30くらいか? 筋骨たくましく、がっしりした体つきをしている。古い傷も多くて、きっと、苦労してきたのだろうな。
「あ、ところで君の名前はなんだい?」
一口含むと、馴染みある乳臭い味がした。
「アンディ・ヒノミヤさ」
「へえ、日系人かな?」
ヒノミヤというのか。いい名前だ。表情もカラッとしているし、周りの人間に愛されてきたのだろう。
「そうそう。で、どうだ、ウサギっぽくしてみたんだけど」
おや、手先は少し不器用なのか。ベッド脇、サイドテーブルに乗せられたリンゴは随分と不格好。指が豆でゴツゴツしているからかな。銃とかの扱いには長けていそうなのだけれども。
「うーん、惜しいね、ちょっと貸してみな」
仕方がない、僕がやってやろう。こう見えて料理は得意なのだ。よく姉さんに教えて貰っていたからね。……あれ、姉さんの名前ってなんだったっけ? ど忘れしちゃったよ。
「ほいよ」
あまり深く考える間も無く、手渡されたナイフを握る。そしていつの間にか目の前にあった丸いリンゴと不器用さの伺えるうさぎの乗った皿を見て思い出した。そうだ、リンゴだリンゴ。リンゴを剥こう。
「どうも、って、ん?」
そうしていざ可愛いリンゴちゃんを美味しく調理してやろうと思ったのだが、その前に僕は膝の上の異物に気がついた。
「なんだこれ? 手紙?」
そこにはペンと書きかけの様に見える手紙があった。数枚の白い便箋がまとめて僕の膝に鎮座している。これではナイフを扱えない。
「んんー……?」
一先ず手に取り眺める。ふむ、内容からするとどうも恋文のようだ。しきりに宛先の人物を気にしているが、書き手はどれだけ心配性なのだろう。きっと、大切な人なのだろうな。久しく会ってすら居ないようだし、遠距離の恋人か何かかな。
「どうかしたか?」
「これ、君のかい?」
となると所有者が僕はありえないだろうと、隣に居た赤毛の人物に尋ねる。誰だコイツ。いや、別にいいけどさ。
「いんや、多分アンタが書いたんだと思うぜ」
なんと。僕がこんなにも赤裸々な恥ずかしい物をかい。
「僕がー? ないない、まず手紙なんて誰に出すんだよ」
それに記憶を辿っても僕は手紙自体ここ何十年も書いた記憶すら無いしね。
「さーて、誰だろうな」
「んー……」
僕が手紙を出すであろう人物か。……うーん、人っ子一人思いつかないぞ。
「まあいいや、君が持っていなよ」
面倒くせえ。横で皿を用意していた男に押し付ける。僕のじゃないのなら、きっと君のだろう。
おお、リンゴか。いいねえ。なんか知らんが僕もナイフ持ってるし、久しぶりに剥いてみようか。
「なんで俺が?」
「いや、君に似合うと思ってね」
今内容をチラッと見たら恋文みたいだったしね。あまりよく読めなかったからわからないけれど、彼はモテそうな顔しているし。多分、誰かシャイな可愛い子ちゃんが君に渡そうと置いていったんじゃないか。ああ、きっとそうだ、うん。
愛されてるなあ、こいつめ。
「おじいちゃん、そうやって俺に面倒事押し付けてるだけだろ」
「さあてね」
よくわかってるじゃないか。初対面にしては上出来だ。しかしおじいちゃんはいただけないな。後で訂正しておこう。
「この手紙も何通目だよ……」
彼はやっぱりよく手紙を貰うらしい。それみろ。大事にポケットにしまいやがって、見せつけてくれるね。
「ありがとな」
そうして青年はこちらへ向き直り、嬉しそうにはにかんだ。おや、僕に礼を言われるとは思わなんだ。どうせなら書き手の子にもそう言ってあげるといい。君には柔らかい表情がよく似合う。
「喜べ喜べ、僕が人に何かしてあげる事なんて滅多にないんだからな!」
その笑顔を見ていると不思議とこちらまで嬉しくなった。今日は天気も朗らかだ。もうすぐ、春が来るのかな。
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