【その望みは誰がため】
……この扉が開けば、全てが変わると思っていた。
「お前は、ここに居なさい」
そう告げて僕を閉じ込めたお父様。あの時、見るのも辛くなるくらい悄然としていたあの人が最後に笑うのを見たのは、いつの日のことだったろうか。
ユーリが生まれた時? ……いや、その頃の父はもう変わってしまっていた。あの口角の歪みは、到底笑みと呼べうるものではない。もっと醜く低劣な代物だ。
「坊っちゃんがお生まれになった時は、ご主人様もたいそうお喜びでらしたんですよ」
そう、僕に毎日3度の食事を届ける家政婦は言っていた。だから恐らく、僕は生まれた時にはあの人の笑みを見た事だろう。まあ、その家政婦はこの発言のすぐ後、寡黙な別の人間に変わってしまったから今となっては確かめる術も無いのだが。
「では、恐らくそれがきっと最後だったのだろう」
さて、何故こちらはそう断言できるのかと言うと、それは簡単。単純に僕が彼の人の笑みを記憶にある限りでは一度も見た事が無いからだ。
それもそうだ。だって僕が唯一覚えている父の顔といえば、僕の体質と能力の発覚したまさにその時の、絶望と怒りに満ちたあの顔なのだから。
……この扉を開けば、全てが変わると思っていた。
「だって、そんな日が来たとしたら、それはきっと僕の死んだ時の事だろうと思っていたから」
死の果てとは、それはそれは今とは全くに違う、実に美しい世界なのだろう。母の行ったそこは、父もあの妹でさえも、心の底からの笑みを見せてくれるような、そんな世界のはずだ。
「それが、僕の求めて求めて欲しがってやまない、唯一の物」
超能力を持つものも持たざるものも、みんな死ねばいい。その扉は、両腕を広げて僕らをあたたかく迎え入れる。
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