【むうで】


「ぎーあむさま」
「どうした」

 拙い呼び声に、書類を纏めながら応答する。紙の内容は勿論、ナマエについての研究レポートだ。

「のどが、かーきますた」
「わかった」

 デスクの上、自分の物の隣にあったカップを手渡してやる。ナマエは細すぎる指先で何とかそれを受け取った。
 そして自分も一口濃いめのコーヒーを啜る。ふむ、偶にはこのくらいのも悪くない。あ、当たり前だがナマエに渡したのはただのオレンジジュースだ。
 研究と努力の成果あって、少々不明瞭ながらもソレはある程度言葉を介すことが出来るようになっていた。今の所、いい塩梅だと思う。ESPはまだ発現してはいないものの、世話はずいぶんと楽になった。

「ぎーあむさま」
「なんだ」

 お陰で研究の進みも早くなった。骨と皮に近いその体。栄養吸収率かほとほと悪い消化器官。そして、そのちっぽけな脳について。
 そちらはまだ研究中であるが、少しは分かってきた。1に、ナマエは言語機能に障害を負っていただけではなく、麻痺を患っていたこと。ソレが原因で、話し方に違和が生じていること。
 改良点6、だ。麻痺。恐らくこれは遺伝子の近すぎる物同士を掛け合わせたせいだ。それは、最早どうしようもない。いっそクローン生産のやり方を全面的に変える位でしか解決法はないだろう。電気を用いた生体コントロールを使える物だったならばこのままでも構わないかもしれないが、その辺りはまだ不明。全ては、これからの研究にかかっている。

「あいがおーおあいまふ」
「……礼はお前の有用性を見せつけてから返せ」

 ナマエは、僕と似ているところが少々ある。クローンの様な物だから当たり前なのだが、それは置いておいて。
 周囲から役立たずと言われてしまう程度の性能。虚弱どころか、転べば即死してしまいそうな程の身体。十歳程度の見た目。どうしても、過去の自分を思い出してならない。

「あい」

 そこに苛立ちを感じながらも、不思議と妙な親近感を得てしまう現状が、ギリアムの研究心を駆り立てるのだった。

「……お前を役立たずになんか、絶対にさせはしない」

 それが過去の自分への執着なのか、自己愛なのか、はたまた親愛の情なのか。愛を知らぬ彼に理解する事は出来ず、ただひたすらに『道具として』ナマエの価値を上げようとするだけだった。


 ――――それが災いしたのかもしれない。


「試験号は、あまり長くないかと」
「は、あ?」


 ――――深すぎた思い入れは、元々正常でも無かった彼の一部を完全に狂わせてしまったのだった。





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