【夢を見るのもほどほどに】
『ついこの前に籍を入れたばかりだと言うのに、すまないね』
『いいえ、私こそ病気してしまってごめんなさいな』
購入したばかりのMy sweet home。しかして、彼はここにひと月は帰ってくる事が無い。
何故ならばこの人は駐日エスパーチーム、ザ・リバティーベルズのメンバーの1人。彼の日常生活は主に日本にて営まれる。なのでそもそもコメリカへ帰ってくる事の方がずっと少ない。……そんな彼の仕事を知りつつ挙式したのだから、こうなる事はとっくに分かっていた。
『そんなこと無いさ。僕はあちらの家で待っているから、元気になれば即連絡しておくれよ。すぐさま君を迎えに駆けつけるさ』
『ありがとう、ケン』
そう、だから彼の言うように私も調子が整えさえすれば、日本での新居に行くのだった。この国より日本で過ごす時間の方が長い彼を一人待ち続けるなんてナンセンス。コメリカと日本、二件の家。私達はこれをうまく利用して生きてゆく。
……だと言うのに彼はそれを気にしてばかり。先ほどから何度も謝られてしまって、むしろ此方が申し訳なくなる。
まあ、確かに寂しくはあるのだが。だって私達は俗に言う新婚さんなのだもの。一ヶ月やそこらの時間だって惜しい。当たり前でしょう。
『では、行ってくるよ』
彼がドアノブに手を掛ける。ああ、もう行ってしまわれるのね。寂しくなるわ。
『ええ……あ、ちょっと待ってちょうだい』
『え?』
あら、あら。去り際の彼を慌てて引き止める。危ない危ない。
『ほら、眼鏡にゴミがついているわ』
彼の特徴的な眼鏡のテンプルに手を伸ばす。危うく見逃すところだった。いついかなる時でも、レンズを透かして彼の瞳だけが目に入るものだから、つい。
『Oops! なんて事だ!』
これは、彼が遠隔透視能力者所以だろうか。いつも遠くを見つめているからか、彼は近過ぎる物に気づかぬ事がしばしばある。
『……はい、どうぞ』
いつでも真摯で素敵なMy darling。頭脳派な貴方のことだから、日本でも静かにその眼鏡の奥を光らせている事でしょう。
『Thank you、マイハニー』
でも、きっと私だけが知っている少しおっちょこちょいな彼の欠点。
『いえいえ』
『では、改めて……行ってきます』
今だってそう。冷静沈着な眼差しをしている癖に、耳まで真っ赤にしてしまって、もう。
『はい……お気をつけて』
でも、そんな所が彼の愛しい所の一つであったりするのです。
――――十数時間後、日本にて。
「Oh! ミナモトー、コノお茶しょっぱすぎマース!」
「ケン……! それめんつゆ……!」
彼女の幻想が崩れるまで、あと何時か。
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