*R-15程度の猟奇的描写。主の首を切りたい歌仙兼定と彼で切られたい審神者。



【相死相愛】


「ねえ、歌仙兼定」

 ――――この首、切られたいな。

「如何した、主よ」

 ――――その首、切り落としたいな。

「美味しいねえ、このお茶」

 ――――言わない、けれど。

「うん、これは中々……」

 刀剣男子として人の姿を持った付喪神、歌仙兼定は、その主の審神者と共に縁側で茶を啜っていた。
 そんな彼ら二人の目前に広がる美しく咲き乱れる花々の中には、桜吹雪に混じって蝶が舞っている。和やかに、されど絢爛な景色。春の景趣。最近審神者が大枚はたいて入手した物だ。
 歌仙に計算ごとは良く分からないが、それを手に入れることが中々に大変であったであろう事は流石に分かる。何故なら、その為に彼は何度も何度も遠い時空へと向かわされていたのだから。度重なる遠征。随分と、骨が折れた。……まあ、比喩を止めれば彼に骨なぞ無く、折れるとすればその刀身のみなのだが。

「……これは、玉露かな」

 さて、しかしてその思考は冒頭の通り、この穏やかな春の景趣には見合わぬ程に物騒な物だ。同様に彼の主のそれも随分と危うい物なのだが、それはまあ、一先ず置いておいて。

「ええ」

 ああ、貴方の時代にはもう既にこの製法はあったのでしたっけ。そう、すぐ隣から語りかける主の声に耳を澄ませながらも、彼の胸中を埋める想いはただただ、1つだけ。

「そうだね」

 僕の前の主は食べ物には殊更うるさかったから玉露も偶に嗜んでいたよ、昔の僕には分からぬが今この時の物の様に甘美な物だったらしい。歌仙兼定は、その心の内を見せぬ様落ち着いているにも程のある声音で返答する。
 何と不気味な、と彼をよく知る者は、失敬、物共はこの光景を見れば口を揃えて言うだろう。彼の禍々しいほどに穏やかな殺気と、その空気とは真反対に、瞳を見せぬ限りは殺意の欠片すらも現れぬ表情。目は、明らかな恋情と殺意がこの桜の花びらの様に入り乱れている。

「へえ」

 だから今、彼は目を閉じていた。見せる必要の無いものは、見せぬ。それらの、日常には落とし込みきれぬ違和と斬首への興奮に浮足立つような胸中は、それこそ不気味としか形容できそうに無い代物であったから。

「懐かしいね」

 ついぞ、目蓋が開く。

「そう?」

 また、すぐに閉じられる。瞬き。審神者には感じ得ぬ息も凍る様な瞬間。

「うん、この芳しさ……」

 ああ、これは見せられない。見せてはいけない。特に、審神者にだけは。この瞳もこの心中も、仄めかす事すら決して許されない。

「これも、良い茶葉だ」

 ――――その首、落としたい。

「勿論、私が飲むものだからね」
「それもそうか」

 そうだ、今なら、きっと容易い。周りには誰も居ない。刀は腰に。主は丸腰。手すら両方共湯呑みへと吸い付いている。これなら、ああ、きっと出来る。すぐにでも、出来る。抵抗する間も与えぬだろう。刹那の早さでその首切り落として、虚ろと無った瞳と向き合える。
 ……否。いけない。それをすればこの主は死ぬ。死して腐敗で白く濁ったその瞳はきっととても美しかろうが、それを見たが最後。この心安らぐ茶飲みの一時は、それから永劫訪れる事は無い。だから、いけない、いけない。しかと、己を律せねば。

「……ねえ、歌仙兼定」

 ――――この首、落とされたい。

「なんだい?」

 これは、何処から現れてしまったのか狂気だった愛憎でその首を狙われている、審神者の思考。その隣人の狂気の片鱗にすら触れぬまま、彼女もまた錯乱とも言える程の暗雲とした激情を抱いていた。
 首。歌仙兼定の神体である、彼の生そのものである切れ味の良い刃でこの柔らかな肉を割かれるのは、さぞかし心地良いだろう。薄皮を裂き、あ、めり込んだ、と思う間も無く鮮やかに息の根を切り取られる。素敵だ。三途の川すら飛び越えて一瞬で彼岸へと飛び込めるだろう鋭さだ。
 でも、それをお願いしたり、無理にでも命じればこの茶飲み友達は甚く悲しむだろう。泣いて泣いて、そして審神者の霊力を失ったその刀身から魂飛ばして時空へ還り、ただの刀へと戻ってしまうだろう。
 それは、嫌だ。とても、嫌だ。彼を悲しませるのは、それは勿論駄目なのだが、その前にまず、歌仙兼定は神だ。刀剣に宿りし付喪神、刀剣男子。神でなくなった彼は、ただの刀へとその身を戻す。それはいけない。彼は神で、この自分は審神者。その強い、ともすれば小指と小指とを結ぶ赤い糸にさえ見えるかもしれぬ縁の糸までをも切り飛ばすのは、とても、とても、宜しくない。

「……なんでもない」

 だから、言わない。

「そうかい……ああ、見給え、燕の子が飛んでいる」

 だから、言えない。

「まあまあ、もうすぐ夏が来るのかしらねえ……小判を貯めなければ」

 歌仙兼定も、審神者も。この想いを言葉にするつもりなぞこれから先ずっと、毛頭無い。

「また遠征か……」

 いつか耐え切れなくなるまでは、ずっと。

「ええ、よろしく頼みましたよ、歌仙兼定」
「……はあ」

 熱い目を閉じて苦々しげに溜息を付く歌仙兼定と、苦い言葉を飲み込むように熱い茶を口に含んで微笑む審神者。湖底の泥の様に薄汚れたぬめり溜まり続ける思考をぐるぐると廻す二人の周りでは、早くもまた、季節が回る。





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