【死花】


 夕時。昇った太陽が、そろそろ眠りにつく頃。赤に呑まれた空の世界。

「生花をしようか」

 審神者に、ちょっとした誘いをかけられた。

「いいね」

 歌仙兼定は喜んで応答する。彼は花が好きだ。花だけでなく、茶や詩歌など和の心を感じるものをこよなく愛す。だから、出陣の数刻前の今でもこの審神者の誘いに二つ返事で乗ったののだった。
 早速準備を進める。剣山を置き、本丸の庭から花を数本、拝借した。これで良いだろうと、歌仙兼定は満足気に息をつく。審神者はそんな彼の様子を微笑みながら見守り、そして、一輪ずつ花々へ指を伸ばした。

「……中々難しいな」

 一人の審神者と一口の刀剣により、花は次々と美しく挿されていく。花弁の一枚一枚が鮮やかな夕日に照らされて美しい赤に染まっている。本当はこの時間は生花にあまり向かないのだが、それは常よりも花が美しく見え過ぎるからなのかもしれない。夕焼けに色づいた花々は美しい。

「ここを、少し右にずらせばどうだろう」

 そう、歌仙兼定が感じる程にそれらの赤い花々は美しかった。

「ああ……綺麗だ」

 審神者も同じ心持ちらしい。花と同様に障子越しの赤に照らされたその顔には、穏やかな笑みが浮かんでいる。

「うん、中々に風流だ」

 良い一時だった。そう告げて歌仙兼定は戦支度へ向かう。今回は新たな戦場の様子見で、歌仙兼定一口のみの出陣であった。

「ありがとう……行ってらっしゃい、歌仙兼定」

 審神者も、それを見送った。



 ――――時は変わって朝方。夜の京都へ繰り出した第一部隊が帰還を果たした頃。

「これは……」

 本丸は、襲撃を受けた後となっていた。余程強力な者共が現れたらしい。本丸に残っていた刀は、一口足りとも残さず折られている。

「これはあんまりでは無いか、審神者よ」

 そして、彼の主であった審神者も、血に濡れて地に伏していた。抱き起こしたものの、当然のように息は無い。背後から心の臓を一突きだ。歌仙兼定は歯噛みする。自分さえ居れば、こんな事にはさせなかった。近侍の居らぬ本丸にて、審神者は死んでしまっていたのだった。

「……生花をしようか」

 しかし、すぐに我に返ったように立ち上がった。腕中の審神者をしかと抱えたまま。きっと、この歌仙兼定一口も後数刻もすれば審神者の神通力を失って現世から去る。何処に在るとも知らぬ神体の中で、眠りにつく。ならば今この時、せめて自分に出来うる事を。

「よし」

 審神者を葉桜の大樹にもたれさせる。そしてその周りを、色とりどりの初夏の花々で飾った。死した人の子に贈る、天上の者からの献花。供花。葬儀に使うには色が鮮やか過ぎるが、本丸の庭先に生えている者から選んだのだ。致し方ないだろう。
 
「うん、うん……」

 そして、この人間は白い菊よりも鮮やかな色の中に居る方が美しい。花々で飾られた中央、審神者を見やる。血に染まった赤い花。死んだ花。生きた花で飾られた、死した人。

「しかしやはり君は、生きている時の方が美しかったね」

 生きた花を愛でずに、何が生花か。不本意そうな苦笑を漏らして、神は露と消えた。





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