*ダブった歌仙兼定を、出過ぎだと罵りながら刀解しまくった審神者が呪殺される話。



【人解】


 二口目の歌仙兼定を刀解した夜。床についた時、首のない彼が審神者の夢枕に立っていた。

 妙な夢だと思ったが次の日から何もなかったので、常と同様に過ごした。害なき事を人の子らはよく忘れる。だからこの審神者も近侍の彼が毎日三食出してくれる膳を食し、刀共に指示を出して職務を全うして床につき、そしてまた起床……という生活を暫し繰り返して送っていた。
 しかし、また彼を刀解した晩。今度は首のない彼が二口に増えた夢を見た。自らの枕元に立つ、二口の歌仙兼定。何処かへ露と消えた4つの瞳に、自らの命の底を見つめられているような。そんな、背筋の凍る感覚が審神者の全身を支配し、汗だくで朝を迎えた。そう、それはまさしく悪夢だった。
 まあ、やはり次の日から何もなかったのでただの夢だと思い過ごす。ただし、しばらくは恐怖でどんなに彼が顕現しようとも一度たりとも刀解しないようにしていたが。審神者とて人間だ。怖いものは怖い。歌仙兼定ばかりが刀剣部屋に押し込まれていく状況が長いこと続いた。
 だが、そんな事を続けていたらやはりどうしても大人数の彼は刀剣部屋を圧迫してくる。審神者の改築資金も底をついた。
 だから、致し方なしとまた彼を刀解した。案の定、夢枕に立つ彼は三口に増え、同様に四回目は四口、五回目は五口、六口、七口と増えていった。しかしこうも同じ事が続けば審神者も流石に慣れる。頭の無い彼らは見えない瞳で自分をただただ見つめ続けるだけだ。害も何も無い。少々、寝汗が酷いばかりで。

 そうして彼が顕現すれば刀解なり錬結なりを繰り返していた審神者だったが、ある日。また良く出る彼に若干苛つきと罪悪感を得ながらも刀解していたのに、彼は夢に出てこなかった。ただし、何故かと不思議に思いながら目を開けば、今度は布団の上に彼の姿があったわけで。勿論、この歌仙兼定にはちゃんと首から上が在る。これはしかと頭の存在する自分の愛しい近侍だ。彼は常の様に優しい笑みをその面に浮かべている。見なかった悪夢の事や、とうに朝餉の用意をしているであろう彼が何故ここに居るのだろうと疑問に思いながらも、自分の近侍は今日も美しいと寝ぼけた頭の寝ぼけ眼で見つめながら彼の「おはよう」に同じく起床の挨拶を返し、身を起こす。
 だがその時、視線を少しズラした時に彼の首元が目に映り、審神者は寝起きに関わらずはっきりと目を覚ます事となった。彼の首元には一筋の赤い線があり、それは首紐と一瞬見紛うが、よく見たら酷く切れ味の良い鋭い刃で切られたかのように細く赤い切り口。慌てて怪我の心配をしつつも、このような状態であれば普通は破壊となっているのにどういう事かと首を傾げ、彼に問おうとまた目を上げると、また目が合う。……筈だった。
 不可思議な事にそれは適わなかった。彼の首は何処かへと消えていて、否、正確に言えば床に転がっていて、しかもその首は大量にあって。驚きあたりを見回して動転した頭で何を思ったか数えれば36個、歌仙兼定の頭が転がっている。そこで審神者は思い出す。そういえば昨日刀解した歌仙兼定も、確か36口目だった。
 戸惑いながらも目の前に居るはずの歌仙兼定の首無し死体に目を戻す。今度は居ない。彼が居ない。審神者の目に映るのは36の彼の頭のみ。頭の中をぐしゃぐしゃに掻き回されたような心地で、取り敢えず立ち上がろうとする。……出来ない。何故だ。何かに足を、腕を掴まれている。審神者は自分の体に目を落とす。そして悲鳴を上げた。自分が先ほどまで布団だと思っていたものは、首のない36口の歌仙兼定達で。そして彼らが審神者の体を、何本もの血の気の無い腕で拘束していたのだった。
 そのあまりにも現実味のない光景の数々にいい加減気が遠くなろうとしていた時。審神者は白昼夢を見る。首のある36口の、歌仙兼定が笑っている夢だ。皆一様に首元に赤い線が一筋入っている。彼らは口々に何か言葉を紡いでいて、夢の中の審神者は何事かと耳を澄ます。そしてまた目が覚める。歌仙兼定達は何度も何度も「審神者が増えた、もう要らぬ審神者がまた増えた」とひたすらに穏やかな笑顔で繰り返していた。
 ……そしてそれは夢でなかったようだ。二度目の覚醒を迎えた審神者の瞳には、また36口の歌仙兼定が映される。囲まれている。ただし、頭は無い。声は聞こえる。何処からか、脳を揺さぶるように直接に響いてくる。

「また審神者だ」「もう要らないのに」「審神者がまた増えた」

 体の拘束は解けていない。視線を落としたら36の頭が審神者の上で笑っていた。意識が遠くなろうにも、少しずつ近づいてくる彼等の声に気をやる事を許されない。

「審神者」「主」「同じ審神者は要らない」

 どこかで聞いた台詞だ。いや、違う。聞いたではない。言った、台詞だ。

「これは殺そう」「要らない審神者」「もう要らない」「新しいのは、要らない」

 笑顔で挨拶を告げようとする彼らをそのまま刀解部屋へ押し込んだ際に発した、自分の言葉だ。聞き覚えがないわけが、ない。

「古いのも要らない」

 あ。いや、いや。これは知らない。おかしい。自分の近侍は、近侍だけは自分の傍に。愛おしき近侍は、あの歌仙兼定だけはずっと、ずっと。

「神に主は、もう要らない」

 視界に広がった、柔らかな藤色の髪。

「……あ、37口目」

 毛先が、赤く染まった。





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