*普通の心中とも言える。



【幸い中の不幸】


「その首、切ってもよいか」

 いつもの問い。審神者による、彼、歌仙兼定の首を求める願い文句。

「駄目だ」

 当前だが許可は出ない。これもまたいつも通り。この本丸での日常茶飯事とも言えよう。
 まあ、ここ最近では少々頻度が上がっている気がしなくもないが。しかしてそう変わり映えもしない程度。と、言うより、そもそも元が多すぎてそこから少し増えたくらいでは差なんぞ見えやしないというだけなのだが。

「切らせておくれよ」

 彼のうなじにするりと指を絡めながら、改めて問う。鼻の先にまで持ってきた彼の髪をすんと嗅ぐと、穏やかな春の花の匂いがした。
 そう言えば先日、万屋で香を与えた記憶が審神者にはある。普段の彼の香りと違うのは、きっとそれだろう。この香りも良いが、前のも嫌いではなかった。

「いけないよ」

 彼は突然に急所を撫でられたからか、びくりと肩を震わせながらも平静を保つ。審神者はそれが少し、気に食わない。せめてちょびりとでも動揺してくれれば、これだけ断られてもまだこの胸もすく。
 こちらはこれでも真剣だと言うのに。彼はまた、今日も自分の願いを流し続けるのか。審神者はそれが何とも歯がゆい。歯がゆくて歯がゆくて、噛み締め過ぎて軋んだ歯の痛みに泣いてしまいそうだ。

「許しておくれよ」

 君を殺すのを。お願いだから、その命を自分におくれよ。

「許さない」

 彼はそんな安易に命を投げ渡さない。散るならば、戰場にて。それが彼の志。その身を貫く鋭き信念。

「お願いだから」

 お願いだから、自分だけの物になってくれ。このまま自分の次の審神者に受け継がれて行くのだけは、よしておくれ。

「無駄だ」

 歌仙兼定はそんな審神者の心の中を知りながらも、拒否し続ける。縁側で春の庭を眺めながら、否定の言の葉ばかりを紡ぎゆく。

「頼むよ」
「頼まれない」

 怪我の為に引退を明日に控えた審神者が涙すら零してその背へ縋ろうとも、頑として譲らない。
 それもまあ、当たり前なのだが。彼のように自らに定めた信条が無くとも、自らの命を人の為に捨てる者はそうは居まい。居るとしたならばとんだ酔狂か、狂おしいくらいにその人を盲信し、心酔せし者だ。

「では、この首をあげるから」

 そこでふと、彼の戰場での口癖を思い出してしまった審神者は、実に不幸だと言えよう。狂っていたとも言える。首を、差し出せ。首を、差し出す。ああ、この本丸一どころか、この世で一番に不幸な者であろう。大不幸者だ。

「……それなら」

 いや、もしかしたらとんでもない幸運とも言えたのかもしれない。まあ、すぐに彼の人はあの世の者となってしまったので確かめようも無いのだが。了承とも妥協とも取れる言葉と共に彼がするりと刀を抜いた刹那、審神者の首は中庭の草の上へと落ち転がっていた。

「先に死んで、どうやってこの首を貰うつもりだったのだ」

 歌仙兼定は、その主の命の消えた本丸で一人溜息をつく。この首寄越すつもりは無いが、その首貰えるならば受け取ろう。人肉を裂く。それが刀の使命と言えようぞ。

「……馬鹿な審神者だ」

 そのまま嘲笑、と言うには柔らかすぎる笑みを浮かべた彼の目の前が、不意に歪みだした。目眩を起こした時の視界のように、世界がぐにゃりと色を変える。そう。審神者の力故に存在する事を許されていたこの場が、音を立てて崩れ出したのだった。

「さっさと、そう言えば良かったんだ」

 僕はずっとそれを待っていたのに。その言葉から分かる通り、この状況は歌仙兼定の想定の内であり、目的であった。地面に転がった審神者の首を拾い上げ、軽く叩いて土ぼこりを落とす。

「ねえ」

 僕だって、そのまま君が一人誰かの物になるのは嫌に決っている。彼は崩れる優しい世界に微笑を止めない。まだ温かい審神者の顔を、それが本物かと確かめるかの様にひたひたと撫でている。
 それから、幾ばくか。ほんの数秒か、それとも数時間か。綺麗に汚れの取れた審神者の首を、慈しむように抱く歌仙兼定。濁りゆくその目と目線逸らさぬ彼の頭上に、ほぼ潰れかけている本丸から飛び出してきた、一本の太い木の柱が。

「そうだろう、君よ」

 哀れな審神者の口からは、もう、悲鳴すら。





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