*審神者が酷い。自己解釈多々。
*即興二次お題:死にぞこないの嫉妬
【待ちぼうけの此岸】
「多分、この戦で僕は死ぬのさ」
単騎行軍中の歌仙兼定が、審神者に言う。その姿は血と泥に塗れ、今にそこで倒れて息絶えてもおかしくないと言う風体だ。先ほどまで中傷だった事も考えると生存残り1、という所だろう。
「へえ」
審神者の姿はそこには無い。当たり前だ。時を遡るは刀剣のみ。審神者は2200を超えた時空に存在する本丸にて、神通力を用いた通信にて指示を出す。
「でもね、死のうと思っても死にきれないものがあってね」
しかし、歌仙兼定はまるですぐ隣にその話し相手が居るかの様に語りかける。確かに審神者には聞こえてはいるのだからそれで何の問題も無いのだが、それにしても少し妙だ。彼には未来に在る審神者がその視線の先に存在するかの様に、鋭い眼光で空を見つめている。
「ふうん」
まあ、彼とは違って特にこの戦で死にもせぬ審神者にとっては、どうでも良いのだが。
「君はさあ……次は破壊だと分かってて重傷の僕を行軍させる、君は、さ」
歌仙兼定の語調が荒ぐ。
「うん」
やはり審神者は動じぬ。
「僕が死んだら、また次の僕を育てるのだろう?」
次は声が震える。
「そうなるね」
審神者は横目で鍛刀用のリストを眺めはじめた。
「それがさ、少し耐え切れなくてね」
涙が零れた。
「何故?」
審神者は、返事くらいは返してやる心づもりらしい。
「僕の主が僕以外の歌仙兼定の主になるってのは、ちょっと、ね」
「嫉妬?」
そう言えば歌仙の主であった細川忠興も嫉妬深い人だったと聞いたことがある。次の近侍の目星を付け始めた審神者にはどうでも良い事だろうが。
「悋気、とも言う」
ああ、やはりどうやら彼もそうらしい。浅葱の瞳が緑に燃え上がっている様が、遥か先の時空に居る審神者にも、よく見えた。
「うん」
さて、今後は映像は捨て置き、音声のみ拾うことにしようか。審神者はせんべいを摘みながら考える。これは中々に心臓に悪い。色々な意味でドキ、とする。昔に流行った文書から例えるならば、心臓に杭を打たれる吸血鬼の様な気分だ。
「僕はともかく、今この僕の気持だけは、きっと死に損なうと思うんだよ」
しかし、脳の片隅で映像を閉じても、音声の鋭さが彼の目を見ぬことを許さなかった。彼の声は、音だけで目蓋の裏側に彼の熱く緑に色めく眼光を映し出す。
「へえ」
そればかりは、まあ、仕方がないか。直接脳に映すよりかはまだ良い。審神者は諦めて目を閉じた。
「と、言うわけで」
歌仙兼定の声音が変わった。これも、見なくとも分かる。きっと今の彼は柔くその口元に微笑を浮かべている。とろけるような笑み、とでも形容しようか。端正な彼の頬が指で突いた白餅の如くふにゃりと崩れる様は、そう表すのが正しい。
「ん?」
それが合図とでも、言えようか。その後に出てくるだろう言葉は、本当はもう、この審神者には分かりきっていた。
「僕は、君を呪うよ」
その言の葉の、甘さ。
「……ほう」
審神者の背筋が、ぶるりと震えた。この震えの源は恐怖か、恐悦か。審神者には分からない。審神者として長きを生き過ぎた、人の身から堕落せし者には愚かな刀の細かな感情の機敏なぞ、もう爪の先ほども感じられぬ。
「末代まで、呪ってやる」
だから、彼の愛憎傾れ込む恨み言にも、もう何も感じやしない。
「それはすごい」
それほどまでに、長く生きてしまったのだ。時の政府は数少ない神に愛された者を簡単に死なさせやしない。この審神者は、あらゆる非道徳な手段をもって随分と長いこと生かされてしまっていた。
「覚えておけよ」
刀として生きた年数で言えば、歌仙兼定はこの審神者なんぞよりも、よっぽど長く生きている。
「分かった分かった」
しかし、人として生きた時を数えれば。それは、審神者の方が恐ろしさに息を飲んで死んでしまいたい程にまで、長いのだ。
「では、僕は行くよ」
歌仙兼定が死地へ赴く。一人寂しく敵陣の中で死に絶えようと、彼岸へと歩みを進める。
「行ってらっしゃい」
審神者は彼からは見えぬと分かっている癖に、それを笑顔で見送った。
「行って参る」
いつもの、通りに。
「……来ぬな」
さて、これにて歌仙兼定を折るのは何振り目か。毎度毎度同じ台詞を言われるが、結局この審神者はその呪いとやらを受けずに生き延びている。死ぬ気配の欠片も無く、夢枕に刀を携えた彼を見出すことも無い。元気に元気に、時の政府から支給される延命剤を投与され続けている。ああ、あの歌仙兼定と言う名刀から生まれし男神の愛も憎も、実につまらぬ塵芥。
「随分と弱い、悋気よな」
早く、自分をこの務めから解放して彼岸の先へまで連れて行ってくれればと、思うのに。
back