*ちょっと下品かも? 押せ押せ主。



【熱くて冷たい】


「ふう……」

 歌仙兼定の息を付く声が、静かに響いた。

「よし、今日の晩食はこれで良いだろう」

 ここは土間。本日の料理当番である歌仙兼定は、こちらで晩の食事を用意していた。
 刀が人の食す物を食べるどころか作るなど甚く不可思議な事象ではあるが、彼は他の刀同様に都合よく人の体を持っている上、食にうるさかったと言う元主の影響かそれの作る食事は中々に美味なのである。
 だから、元からの人である癖に審神者はいつも彼に台所を任せる。他の刀共も彼の腕前を認めている。それどころか、毎回の食事をいつも心待ちにしていた。ここ本丸では、彼の手ずから作った料理は随分と好評なのだ。

「吸い物の味も調えてあるし、漬物も切ってある」

 煮物も後はそのまま置いておくだけ、魚も開いてあるから後は時間になって焼けばそれでよろしい。一つ一つ口にしながら、今回の品目を確認していく。この丁寧さこそが彼の料理上手である所以なのだろう。

「それと、これか」

 そしてそのまま、既に隙間から白い湯気と共に良い香りの立ち上る、釜の蓋へと手を伸ばした。

「うん……なんて雅なツヤだ……」

 持ち上げた蓋の下から覗くのは、ふっくらと炊けた艶々と輝く白米。ほかほかと湯気に包まれたそれは、一口食めば舌に心地よい粘り気とともに仄かな甘味を与えるだろう。味見をせずとも分かる。とても美味しく、炊けている。

「うん、うん……」

 蓋を開けた途端、眼前に立ち込めた湯気を鼻腔いっぱいに歌仙兼定は吸い込み、そしてまたそれをしめた。目まで閉じて、甚く満足気な顔だ。こうやって穏やかに雅や風流を愛しながらも荒々しい口調と行動で敵陣を蹴散らすのだから、彼も随分と忙しい刀剣である。

「では、戻るか」

 そして後は給仕係に任せればいいだろうと、後ろを振り返る。

「雅なツヤってなんぞ?」

 さて、そこにはいつの間にやら目と鼻の先に審神者が立っていて。

「うわあ!?」

 殺気を感じるのは容易いものの、慣れ親しんだ者の気配にはそうでもない彼は、少々間の抜けた声を上げることとなった。

「ツヤとは、雅やかなのか?」

 それを意にも介さず審神者は、手を伸ばして釜の中身を覗いた。しかし、実物を見ても雅なツヤとやらの事を理解する事は叶わなかったらしい。首を傾げながら蓋を下ろして、歌仙兼定の正面へと向かい合う形で戻った。

「居たのなら、言ってくれればいいのに」

 その間に呼吸を整えたらしい彼は、少々不満気な顔で審神者を睨む。皆を驚かせて回るのは鶴丸国永一振りだけで十分だ。

「気にするな、貴様は之定だろう」

 しかも彼とは違って意図せずしてなのだから、尚質が悪い。これでは文句の一つも言えやしない。そして之定である事も別になんの免罪符にもなりはしない。

「はあ……」
「所で歌仙よ」

 彼が思わず溜息を付きながら額に手を当てていると、何処か読めぬ審神者の顔がその目についた。

「……なんだい」

 訝しげに返答する。審神者はにんまりと口の端を吊り上げた。

「歌仙は、そう見えて中々に料理上手だな」
「それは、どうも……」

 歌仙兼定は不審感を隠さない。少し癇に障るものの、ちゃんとした褒めの言葉までをも聞き流して、何かを企んでいそうなその主の目をじっと見つめたままだ。

「で、そこで歌仙よ、こんな言葉があるのを知っているか」

 審神者はその視線を可笑しげに受け流し、いかにも楽しそうに返答を投げかける。

「言葉?」

 歌仙兼定は、やはりいかにも気味悪そうにそれを見ている。警戒していると言うより、むしろ怪奇現象を見ているような視線だ。まるで、つちのこなのか蛇なのか良く分からない微妙な生物の種を見極めるような。
 さて、そんな彼に先ほどからじわじわと近づいていた審神者は、いつの間にか壁にまで追い詰めていた男の耳元で、そっと一言。

「料理上手は、床上手」
「なあ!?」

 言素っ頓狂な声。口を開くと同時に、顔を真っ赤に染め上げた歌仙兼定の物だ。中々に面白い反応だと、審神者は笑う。
 だって、彼のその様はまるで瞬間湯沸器のよう。声と共に頬へ一瞬にして血を上らせた彼と、高い音を上げながら水の温度を即座に湯へと上げるそれ。実にそっくりである。
 まあ、今回の場合温度の上がるのは水では無く、彼の血なのだが。……いや、もしかしたら冷却水かもしれない。

「今夜部屋に来ぬか、歌仙よ」
「誰が行くか! からかうな!」

 しかしそのままの勢いで誘ってみると我に返ったのか、彼はそのままぷりぷりと肩を怒らせながら内番用の髪結い紐を解いて去って行ってしまった。その際、自分の横をするりと抜けられたのが審神者は少し腹立たしい。彼の体格は、他の刀剣男子と比べても、それなりに肉付きがよくしっかりしている。

「……本気だったのだがなあ」

 それに加えて、彼の態度に少々肩を落とす。予想以上に彼が初心だったのだ。それでも、本気ならばまずそうとしっかり分かる態度をすれば良かったと言うのに。
 まあ、それはその性質的に難しい物があるのだろう。そんな素直に可愛げよく誘えると言うのなら、こんな神託をしながら戦の指揮を取るなんぞ陰と陽の混濁した審神者の職なんぞ、務まらまい。
 しかし、恨めしげに見つめた彼の後ろ姿。その後ろ髪の隙間から覗いた赤い耳を見てすぐ気を良くするのだから、この審神者も根は単純な者だ。

「憂い奴め」

 ならばまた次、次。取り敢えず今は漬物一つ、つまみ食い。





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