怪我 | ナノ




「郁!!」

切羽詰った夫の声を久しぶりに聞いた。
怒鳴るときとは違うけれど…大きな声。
しかも名前だ。今は職務中だから…公私混同だ。

二人になったら、思いっきりからかってやろう。

そう思った瞬間、鈍い痛みが襲ってきて、郁は意識を手放した。




『怪我』




良化特務機関との火器規制協定が結ばれたからといって、完全に安全になったわけではない。
それは両者とも重々承知しているし、協定後諍いが著しく減ったとは、残念ながら言い難いのが現状だ。
火器が規制されたからといって、武器禁止ではないし、人を傷つける道具は火器以外にも多い。刃物だってそうだ。
だから、突っ走ってしまった郁にも少なからず落ち度はある。

一瞬の油断が命取りになることだってあるのだ。


「…アホウ」
病室で、処置を終えた郁の手を握って呟く。

先程まで一緒に郁が目覚めるのを待っていた、小牧、手塚、柴崎の三人は、命に別状ないこと、容態が安定したことを医者に告げられたので、一旦家に帰らせた。
みんな明日も仕事がある。

それでも柴崎は、病室を出る前に、
「早く起きなさいよ、笠原」
と頬をつねり、郁は少し顔を顰めたように見えた。
意識はないけれど。
「すぐ起きそうですね。驚かせて…」
安心したように、バカと小さく呟いてから、後の二人に続いた。

堂上も他のみんなも、郁が無茶をするやつだと知っている。
それは入隊当初からずっと変わらない。
いや、『王子様』として初めて会った時から変わってない。

何かが起これば真っ先に怪我をするタイプだ。
…昔の堂上のように。
自分や今回のように怪我で済めば、まだいい。
けれど、命を落とさない保証なんて、この先も…ない。

そんなこと分かっているのに。分かりきっていたのに。
見える範囲にいたのに、郁に怪我をさせてしまった自分が腹立たしかった。

握ったままの手に、少し力を込める。

あんまり無茶をしてくれるな。

性格上無理だと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。


しばらくそうして眺めていると、郁の瞼がピクリと動いた。

「郁?」
「…あ、つし…さん?」
上体を乗り出して顔を覗き込むと、目を開きながら名前を呼ばれた。

「起きたか」
安堵の溜息が出た。
医者に大丈夫だと言われていても、やはり本人の声を聞かないと不安だったようだ。

「あ、はい。えっと…病院?」
状況が飲み込めないのだろう。
此処が病院だということだけは認識したらしい。

「良化隊員が隠し持っていた刃物で刺されたが、臓器はやられてなくて助かった。けど出血が多くて意識は手放したみたいだな」
痛みを感じる時間が短く済んだのは、不幸中の幸いだ。

「なるほど」
意識が途切れるまでを思い出しながら聞いていたのか、納得したように答える。

「なるほどじゃない!火器が規制された分、刃物利用が多くなっているから、接近戦では今まで以上に注意が必要だとあれほど…」
説教を始めかけて…やめた。
一応、怪我人だ。意識が回復したばかりの。
苦虫を噛み潰すように、言葉を濁した堂上を見て、郁は笑った。

「何だ」
笑われる要素はないはずだ。

「教官のお説教ちょっと久しぶりだな、と思いまして」
最近は篤さんが定着しているので、教官呼びはわざとだろう。
気付いて少し顔をしかめた。

「小言は相変わらずだけど、完全にあたしに非があって、職務のことで。長くなりそうなお説教」
「分かってるなら説教させるな」
「すみません」
横になったままなので、首だけで礼をする。

「けどまぁ、よかった」
堂上は腕を伸ばすが、さすがに抱きしめるわけにはいかないので、結局いつもの位置をポンポンと叩いた。
怪我で済んで、と静かに呟く。

郁の頭に温もりが伝わる。
同時に、その手が少し震えているのが分かった。

「ごめんなさい」
心配かけて、と控えめに続ける。

郁が意識を失った時、近くに居たのは良化隊員と堂上だけだった。
だから、その後堂上がどんな思いをしたかは、逆のパターンを考えれば痛いほど分かる。
郁の目の前で、堂上が血を流して意識を失ったら…。

「柴崎も小牧も手塚も、さっきまで居たんだ。心配したのはオレだけじゃない」
自覚しろ、と軽くデコピン。
「…怪我人なのに」
「怪我してなかったら、投げっぱなしジャーマン5回でも足りないくらいだ」
「そんなに…!」
「当たり前だ、バカ」
堂上は眉間に皺を寄せる。

心配で済むならまだいい。
むしろ、怖かった。
郁がいなくなったら…と恐怖を感じた。

「篤さん、名前呼んだでしょ。職務中なのに」
郁のいきなりの話題に堂上は怪訝そうな顔をする。

「意識飛ぶ前にはっきり聞こえたんだよね」
「あぁ」
その時か、と話の内容がやっと分かった。
しかし、状況が状況だ。
とっさに何を言ったかなんて覚えていない。

「公私混同」
面白そうに唇を緩めている。

「お前のせいだろうが」
それだけ必死だったんだ。

「ちょっと嬉しかったです」
えへへ、と笑っている。

「お前…」
言いかけて止める堂上と気になるようで見つめる郁。
その目に負けて、耳元で囁く。

「可愛すぎ」
「え!」
直球以外は理解できないくせに、直球だと真っ赤になる妻は、いつまで経ってもからかいがいのある愛しい存在だ。
からかいつつ…本音だけれども。

何か言いかけた郁の言葉は、堂上の唇で遮られた。





「手土産はいらないし格好も普通でいいから、なるべく顔見せてね」
「…着替えも洗濯もオレだろ」
夫婦だから当然そうなる。

リンゴだって剥けるしな、と笑うと、あたしだってもう剥けます!と返された。





*****
拍手お礼のつもりで書いてたけど、長くなったので却下。
拍手は別で何か考えます。

教官は怪我したことがあるので、今度は郁に怪我してもらいました。
しかし、女の子が怪我するのは書いてて全然面白くないですね。失敗。
何かを守るために男が怪我するのは、むしろドンと来いなんですが…。←
もう、女の子が怪我するのは書きません。多分。

篤さん、って書くのもまだ照れます。私、篤さんて呼べない。
「あつし」といえば、ラブコンの大谷も「あつし」ですよね。
「あつし」さんはちっさい人が多いのかなv笑





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