航路 | ナノ 航路




 荒かった息を整えるように、マリューの呼吸に合わせて背中を擦る手が心地いい。そのまま眠ってしまいたいような。実際眠ってしまうこともあるけれど、今はそこまでではなかった。火照っていた体が冷えていくのを感じる。汗もかいている。洗い流したい。

「お風呂……」
「そろそろ溜まると思う」
 まだあまり働かない頭で一言呟くと、背中を擦っていた手がマリューの頭をクシャっと撫でる。そのままベッドの軋む音がして、隣にあったぬくもりが離れていく。

「いつでもどうぞ」
「ありがとう」
 マリューがバテている間にいつの間にかお湯のボタンを押して湯船を溜めていてくれる。なんというか復活の早さにタフだなぁ、と時々実感する。

「先行く?」
「マリューは?」
「まだちょっと、」
 着替えもちゃんと準備したい。せっかく入るなら。上がってからの諸々も。

「抱えてお連れしましょうか?」
「大丈夫よ」
 冗談っぽい申し出に、笑顔で返す。

「体冷えるから早めに来いよ」
 分かっているからか、それだけ言って彼はドアを閉めた。



 髪も長いので、マリューの方がどうしても時間がかかる。
 だから、先にシャワーを使ったムウが浴槽に浸かって待っていることが多い。
 そんなに大きくはない浴槽なので、二人で浸かると狭いのだが、密着してゆったりと過ごすこの時間が、結構好きだったりする。
 初めは絶対ゆっくり入れない。ゆっくりさせてくれない。と思っていたのだが、人間慣れるもので。初めの予想通りの時もなくなったわけではないのだが、毎回ではない。それに、大前提としてマリューの意思が尊重される。
 湯舟に浸かった瞬間、キューっと温かい水圧が体に染み渡る。気持ちいい。
 先に浸かっていた彼の足の間に入ると、腕が腰からお腹を包むように伸びてきて、頭の上に顎を置かれた。

「落ち着く―」
「そう?」
「癒されるー」
「お疲れ様」
「先にマスドライバーで飛び立って待機し続けるって、流石に不可能を可能にする男も体力的に辛いぜ?」
「だから先に休む?って言ったのに」
 てっきりまずは寝るのではないかと思っていた。

「マリューさんが人前で煽るから。やっぱ男だし」
「忘れてちょうだい」
 後ろにいるので表情は見えないが、悪い笑みを浮かべているのを感じ取った。ホッとした勢いでミレニアムの艦橋で飛びついた自分の行為は、あまり何度も指摘されたくはない。

「ムウが現れた時、気が気じゃなかったわ」
 ミラージュコロイドから現れた時、思わず名前を叫んでしまうくらいにはヒヤヒヤした。

「ミレニアムぶつけて落としたんだろ? 君も大概だぜ?」
 楽しそうに笑っている。振り向くと、その笑顔は悪戯に成功した子どものようだ。
 指摘されると妙に恥ずかしくなって、マリューは湯船にブクブクと口まで浸かった。結い上げていない髪がお湯に浮かぶ。

「海賊戦法はお手の物だったってミレニアムの搭乗員から聞いた」
 湯船に浮かんだマリューの濡れた髪を指で弄りながら続ける。
 ミレニアムの構造は、アークエンジェルほどではないがある程度理解している。
 コノエ艦長、ハインライン大尉を筆頭に搭乗員がとても有能なのは周知の事実だし、マリュー自身とても敬意を持っている。その艦長に艦長を任され、操舵手もノイマンだ。思いっきりやらせてもらった。

「かーっこいい」
 調子よく褒められているのだが、むず痒い。
 マリューにとって一言では言い表せない感情を持つアークエンジェルをあんな目に合わせた怒りも全くなかったといえば嘘になる。
 君が艦長だ、と突然言われた時とは状況も心境も違う。

「どうしてこうなっちゃったのかしら」
「さぁ?」
 考え出すとキリがない。戦争のせいと言えば戦争のせいだ。
 でも自分達には自由がある。自分で決めた自由が。

「大きな波にのまれて流されそうになった時、自力で泳ぎきるのは大変ね」
 うーんと湯舟の中で腕を前に伸ばしてみた。ちゃぷん、とお湯が波うって揺れる。

「その為に船があるんだろ?」
 一人で泳ぎ続けるわけではない。

「船に乗ってどこへでも自由に行ける」
 まぁ天候とか色々あるかもしれないけど、と骨ばった指で髪を掬いながら言った。

「その船はどこに辿り着くのかしら」
「……港?」
 はっきりしない答えに、マリューは自分の膝を抱えた。

「いつか下りる日が……来るのかしら」
「船を?」
 訊ねながら、縮こまって告げた彼女の腹部にまた腕が回る。

「うん」
「下りるの?」
「分からないわ」
 回された腕にマリューは手を添えた。

「下りても航路は続くと思うの」
 どこで、何を、平和と捉えるか。混乱が完全にはなくならない世界で。

「自分の暮らす世界を、自分たちで勝ち取れたのかしら」
「少なくとも“ディスティニープラン”に関しては勝ち取れたんじゃねーの? 誰かのオーダーで創られる世界ではない」
 迷いのない声に体ごと振り返る。

「自由に決めて、暮らしていける」
 マリューが両肩に両手を添えると、正面から向かい合う形になった。
 湯舟に浸かった体が芯から温まってポカポカする。

「あなたはその自由な世界でどうしたい?」
「俺?」
 キョトンとしている。少し考えてから口を開いた。

「ヒーローって柄じゃねぇし、全部は守れないならたった一つは何が何でも守りたい」
「あら?私にとっては間違いなくヒーローよ。タイミングよく現れて困るわ」
「困るの?」
 心外なのか不思議そうな顔をされる。

「あんまり遅いとどうなってたか分からないもの」
「なんかこえーな」
 ギューッと力いっぱい抱きしめられた。手放さないとでもいうように。

「自由なんだから。決めるのは」
 ふふふと彼の首に腕を絡めて、好きだなぁと思いながら口付けた。








*****
ロマンティクス後一緒にお風呂入ってます。
前回上げたのの続きみたいな感じで、あれはマリューさんが心配してるけど、そんなあなたも大概海賊ですよって自覚させてみたかった話。笑

何個か書いてみて気付いたんだけど、私が書くと、他キャラいるとそうでもないのに、ムウさんと二人きりだとマリューさんが乙女になる傾向があるようです。すまん。




ラストの別バージョン↓





未来航路


「あなたはその自由な世界でどうしたい?」
「俺?」
 キョトンとしている。少し考えてから口を開いた。

「ヒーローって柄じゃねぇし、全部は守れないならたった一つは何が何でも守りたい」
「……それが一つじゃなくなったら?」
 マリューは少し頬を染めながら訊ねる。湯船で血行がよくなっているので、気付かれないはずだ。

「他の女って? ないない」
「じゃなくて……」
 断言しているがそうではない。

「あなたが言ったのよ。俺たちの子どもをさって」
「子っ!?」
「ネオ・ロアノーク大佐が」
 マリューが赤面する。
 指摘されて浮かぶ記憶。
 そんな世界に住ませたいと思うか?俺たちの子どもをさ、と言った。覚えている。マリューは今と同じように赤面してした。
 そして、そんな世界にはならなかった。

「もっかいする?」
「コンパスの産休育休制度ってどうなってるのかしら?」
 福利厚生も確認しなきゃ、と呟く声はすぐに甘い吐息に変わった。




おしまい。












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