リクエスト・ポジション | ナノ
リクエスト・ポジション
「艦長」
艦長。そう。マリューは艦長だ。初めにその席に座らせたのは、誰だったか。
「はい?」
呼ばれて返事をすると、捕虜から解放されたが戻ってきて、マリューの側にいることを望んだ彼がこちらを見ていた。
「それいつもつけてる」
マリューの胸元のバラの柄が入ったペンダントを指さしながら何気なく問う。
「ああ」
気付いたようにマリューがそのペンダントに手を触れる。『R.I.P』の文字がネオにチラリと見えた。requiescat in paceか。
「……彼じゃないわよ?」
「へぇ」
親族か、それとも。どう思ったのだろう。マリューは気になる。
「やっぱり……気になった?」
やっぱりの一言の方が、ネオは気になった。けれど、口には出さない。
「昔の男のことが忘れられないなら、そりゃ面白くない」
ネオは冗談めかして笑う。
けれど、同じ顔、同じ声にそう言われてしまうと、実感する。自分はそんなところまでムウに甘えていたのではないか。あの頃は自分のことで精一杯で、だからバチが当たったのかもしれない。
「それが本当は彼の本音だったのかも」
静かな声は自嘲するかのようだった。
「え?」
「聞いてみたくても、もう聞けない」
言ってはいけないことを言ってしまったのではないかと、ネオは内心で焦る。
「まぁ、相手がアンタなら、そんだけ情が深いってことだし、それが自分に向けばいいのにって思うかな?」
ネオのその言葉にマリューはハッと目を見張る。
「……優しいのね」
「甘えて欲しかったんじゃねーの? 美人さんに」
無自覚な部分まで甘えていたことを後悔していたことすら、見抜かれているようで。
「あなたに生きていて欲しいわ、」
ネオ、と呼んであげたい。でも出来なかった。マリューには出来なかった。
「俺も艦長には生きてて欲しい」
その一瞬の逡巡すら見逃さなかったのか、ネオが目を細める。
目の前の彼女には生きていて欲しい。
だから、飛んでいっちまえなかったのだろうか。
どんな男だったのだろう。
ネオは本気で、ムウ・ラ・フラガに会ってみたいと思った。
*
苦しそうな顔ばかりしている知らない女を見て、自分もこんなに苦しくなるほど、ネオは女性に共感的な男ではない。はずだ。
多分知っているから、こんなに苦しいのだと思う。その「知ってる」が、「ような気がする」レベルなのだが。
それでも、彼女が苦しそうなのを見る度に、自分も苦しいこの思いは紛れもなく事実だ。
苦しくても、居場所がなくても、彼女のそばに居たかった。
そんなことを考えながら、一人でアークエンジェルの廊下を歩いていると、突然ネオの頭の中でキュピーンと何かが閃く感じがした。
「この感じ……何だ?」
分からない。分からないけれど、いる。この、何だか分からないが奴がいる、というような感じ。
詳しく知りもしないはずの戦艦なのに、こっちは格納庫、という謎の確信を持ってネオはなんとなく歩を進めた。
*
ムウ・ラ・フラガはストライクの内部で機体の調整を行っていた。
MSは初めてだ。MAに乗り慣れているとはいえ、使い勝手はやはり違う。ナチュラル用のOSになったとはいえ、細かい修正は自分でしたい。
キラとの模擬戦で掴んだ感覚を、忘れないように体と脳に刻み込む。
いきなり戦わざるを得なかった彼が、また戦うことを選んだ。一人でも。ならば。
いつまた戦場に駆り出されるか分からないこの機体を、少しでも自分のものにしたい。
またMAとMSの違いについて考えていると、キュピーンと頭の中で何かが閃く感じがした。
「ラウ・ル・クルーゼ……?」
あの感覚に似ているが、どこか違う。
そして、その気配が近付いてきているのも感じた。
そいつが格納庫に来たのを感じて、ストライクから下りて、格納庫の扉を振り返る。
「お前……」
現れた姿に目を見開く。
まるで鏡を見ているようだ。
「俺?」
何故か髪が長く顔に大きな傷が入っているが、紛れもなく鏡を見た時に見るのと同じ顔だ。
「お前がムウ・ラ・フラガか?」
確かに自分にそっくりだとネオは驚いた。
「は? 誰だお前?」
「誰だお前、か」
ネオは苦笑する。
「ネオ・ロアノーク。地球連合軍第81独立機動群、通称ファントムペイン大佐……のはずなんだがな。違うかもしれない」
アークエンジェルに来てから何度も繰り返した自分のプロフィールを紡ごうとして、やめた。
「……その大佐が何でここに?」
どこか投げやりに答えたネオに、対するムウは警戒感が滲み出ている。
「さぁ?」
ネオ自身も分からないことが多すぎて、考えるのが嫌になっていた。
「艦長は?」
「艦長?」
ムウは問い返しながら考える。マリュー・ラミアス艦長のことか。艦長はコイツを知っているのか?
「艦長を知ってんのか」
「あんな美人さん忘れるわけねーだろ」
「ハァ?」
「お前分かりやすいな」
ネオから見てムウは、苛立たしさが募るという顔をしている。いや、普通に見たら驚いているだけだろう。この男そんなに彼女への思いが顔に出ているわけではないのだが、なぜかネオは手に取るようにそう思った。
少し面白くなってきた。
こいつ死ぬのか、と思うと哀れでもあるし、艦長にあんな顔をさせている以上、許せないとも思う。
自分そっくりで、たとえ自分だったとしても、分かりあうことは出来なさそうだ。
「俺は俺を知りたい。俺かもしれない、お前を。自分の居場所を知るために」
本音だった。真面目な声とその言葉を、目の前の男は真剣に分析したのだろう。
「……ロスポジの、俺?」
ムウが小さく呟いた言葉を、ネオは聞き逃さなかった。
「ロスト・ポジション……」
パイロットとしては、致命的だ。今の自分はリスエストポジションを、艦長にコールしている情けない状態なのかもしれない。
だがある意味分かりやすい例えだ。パイロットならではの考え方かもしれない。
「疲れてんのかな、俺」
夢でも見ているのだろうと結論づけたのか、ため息交じりにぼやく。
「よく分かんねーけど、頑張れ」
ネオの存在は一旦脇に置いて、ムウは機体に集中することにしたようだ。
*
なかなか覚めない夢の中で、ムウは気付いたことがある。
ネオはムウ以外には見えないようだ。
マードック達に会った時、驚くだろうと「こいつ俺にそっくりだろ?」と話題に上げたのだが、「疲れてるんですかい?少佐」と心配そうに言われてしまった。
その様子を、ネオは「本当に少佐だったんだな」と呟き、マードックの顔は知っているようだった。
そんなこんなで、艦長艦長言いながらムウにくっついてくる。そんなに気になるなら艦長のところに行け、と思うが、一人で行くのが嫌なのか、何なのか、とりあえずムウの側から離れない。
「艦長は?」
「知らねーよ。最初に会った時から艦長艦長とうるせーな」
ムウはうんざりしたように呟く。
「お前の恋人だろ?」
「恋人じゃねー」
「えっ?」
事実を言っただけなのに、本気で驚かれてしまった。
「何だよ」
驚かれたことが妙に癪にさわったのか、ムウが憮然とした声を返す。
だが、昔の男の背中を押すなんざ、ネオはごめんだ。
「全く脈なしか」
「いや全く脈なしってわけじゃねーと思うんだけど……そんな状況じゃねーっていうか」
この男は、好みの女を前に、行動を起こせないような男だったのか?とネオは思う。
「完全にタイミングは逃しちまったな」
「情けねー」
「幽霊? が何言ってんだ」
「……」
イライラする。どっちが幽霊だ。
ネオは困ってしまった。
どうして自分はこんな奴と会話しているのか。確かに会ってみたいとは思ったが。
「お前が頑張んねーと俺が困るだろ」
「なんでお前が困るんだよ」
「それは俺にも分かんねーけど」
二人に何があったのか、詳しくは知らない。
こいつが艦長の戦友で、アークエンジェルに乗っていて、死んだってことくらいしか。
「お望みの艦長だぜ?」
「え?」
そう言った男の視線の先に目をやると、ネオの知っているマリューよりも少し若いマリューがいた。
今の方が痩せている気がする。そして、自分はやはり彼女を知っている……気がする。
「やっぱ美人だな」
「そりゃあ、」
ムウも頷きつつ、
「「あんな女には、たぶん二度とめぐり会えねーよ」」
ハモってしまった。
なんか気まずい。
視線をやると、同じ声で同じことを言った男は嫌そうな顔をしていた。きっと自分も同じ顔をしている。鏡を見ているわけでもないのに。
その表情を先に崩し、吹き出すように笑ったのは、ネオだった。
「モタモタしてると俺がもらっちゃうぜ?」
今の彼女がこのムウ・ラ・フラガと特別な関係にならなければ、ネオにも脈があるだろうか? なんて馬鹿な考えが頭に浮かんだ。
そもそもネオはなぜ今ここにいるのだろうか。まるで幽霊のように、過去に死んだ男にしか見えないという特殊な状態で。
「明日死ぬかもしれねーんだぞ」
ネオは知っている。彼がいなくなってからの彼女を。
というかそれしか知らない。他は知ってるようで知らない。そんな状況が嫌で、知っているのならば、思い出したい。
だから、足掻いている。その最中だ。
「だから……」
そこで口を閉じてしまう。ムウは、嫌気がする程分かってるよとでも言いたそうだ。
あぁ、そうか。目の前のこいつも、軍人で、パイロットで、同僚をたくさん亡くしてきた。そこはネオと同じなのかもしれない。
軍人だから、パイロットだから。いつか彼女を泣かせるかもしれないから。
「でも、俺は俺だ」
ネオ・ロアノークでも、ムウ・ラ・フラガでも。
「後悔すんなよ?」
余計なおせっかいかもしれないが、ネオはムウに、そう言った。
「少佐?」
こちらに気付いたマリューが、声をかけてきた瞬間。
同じ声で、別の呼び方が耳に響いた。
「ムウ?」
「……艦長?」
ぼんやりと目を開けると、マリューがムウの顔を覗き込んでいた。
「おはよう。そろそろ朝ご飯にしない?」
「……朝?」
ベッドの上。日差しが心地いい。どうやら寝ていたようだ。
「おはよ」
やけにツッコミどころ満載な夢を見ていたような気がする。
「なぁ、マリュー」
「なに?」
朝食の支度を始めようと、離れかけていたマリューが振り返る。
「俺のどこが好き?」
「いきなりどうしたの?」
「なんとなく」
聞いてみたくなった。
「……考え方、かしら?」
少し考えてから、まだ悩んでいる表情で答える。
「考え方?」
「思考回路?」
真剣に考えている。
「よく分かんねぇ」
「私も分からないわ」
開き直ったように笑う。
その笑顔が愛しくて、自然と腕が伸びてしまった。
「ご飯が作れないわ」
伸びてきた腕にギューッと抱きしめられたマリューが、笑顔を絶やさずに訴える。
「きみ、やっぱいい女だなぁ」
「変なムウ」
困惑しながらもマリューは嬉しそうに笑う。
こんな女には、たぶん二度とめぐり会えまい。
*****
ツッコミどころ満載ですが、ネオマリュみたいなムウマリュ?
ネオもやっぱりムウさんだなって小説版読み返して思いまして。でも二人が喋ってるとこも見てみたいなって妄想。
マリューさんが幸せなら、彼女があまり泣かなければオッケー…な筈だけど、やっぱり手放したくないんじゃないかな。どっちも。同じ男だから。取り合いとかになったら面白そうだなってなって書きだしてみたんですが……ならなかった?
マリューさんは、ムウさんの考え方が好きなのかも?ネオも考え方一緒だったし。記憶なくても同じ人間だと、そのきっかけとなる記憶に触れればそりゃ思考回路は同じになる?とかなんか色々ぐるぐる妄想したので、さくっと終わるはずが謎に長くなっちゃいました。
記憶は違っても、実際ネオ(ムウ)が体験してるファントムペインとの記憶は結構しっかり残ってて、植え付けられた記憶の部分は薄くなってたりするのかな?って解釈でとりあえず書いてみましたが、その辺謎です。謎のまま書いた。後悔はしていない。